ほのぼの文庫

お月さん、とんでるね―点頭てんかんの娘と共に生きて (銀鈴叢書ライフデザイン・シリーズ) Book お月さん、とんでるね―点頭てんかんの娘と共に生きて (銀鈴叢書ライフデザイン・シリーズ)

著者:夏野 いづみ
販売元:銀の鈴社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 娘との25年間の日々を綴った手記『お月さん、とんでるね 点頭てんかんの娘と共に生きて』 を銀の鈴社より3月20日に刊行しました。

 
 各章冒頭に、自作の短歌を添えています。ご一読いただき、ご意見など賜れれば幸いに存じます。

 どうぞよろしくお願い致します。     夏野いづみ

追記1: ホームページを開設しました。
「夏泉湧語」(kasenyu-go) http://kasenyu-go.com です。

追記2:『お月さん、とんでるね 点頭てんかんの娘と共に生きて』が全国学校図書館協議会の選定図書に選定されました。(2012年8月)

追記3:拙著『お月さん、とんでるね』が音声図書として完成し、サピエ図書館https://www.sapie.or.jp/に登録されたとのお知らせをいただきました。

追記4:拙著『お月さん、とんでるね』がミニコミ誌「まいんず」(2013年8月27日号)で紹介されました。http://file.www5.hp-ez.com/mainzu/8_27_4_5.pdf

 

| | コメント (6)

2017年4月 3日 (月)

【CD+DVD付】14日でできる! 英検1級 二次試験・面接 完全予想問題 (旺文社英検書)

久しぶりにアマゾンにレビューを投稿しました! こちらです。

「合格しました!英検1級合格に欠かせない一冊です。」

投稿者夏野いづみ(まざあぐうす)2017年4月3日  
 2016年第3回実用英語技能検定で1級に合格しました。一次受験後、二次対策に取り組むために、英検1級過去6回全問題集CD(4枚組)の2次試験面接用CDの模範解答と本書を使いました。  本書は、以下の3点においてお薦めです。
 第一の良い点は、付属のDVDで当日の流れがわかることです。何をしてよいのかわからないまま本番を迎えてしまうことほど不安なことはありません。ほぼDVDと同様の流れでした。DVDで使われている会場が母校津田塾大学でしたので、なつかしい思いを抱きながら学習することができました。第二の良い点は、模範スピーチがCDでも聴けることです。実用英語ではこの位のスピードで話されますので、そのレベルに到達しないまでも理想形を知ることができます。(実際はもっとかみ砕いた簡単な単語を使ってスピーチしました。)第三の良い点は、14日間で集中して学習できる分量であることです。仕事をしながらの受験者にとって短期集中型のテキストは助かります。効率的に構成されていると思います。  
 以上良い点を述べましたが、受験後の感想として、トピック選択からスピーチまでの時間が1分間しかなく、そのスピード感に慣れておく必要があることを挙げておきます。本書では、その訓練ができません。私の場合、英検1級過去6回全問題集CD(4枚組)を使って自分で繰り返し行いました。本番の1分間は思っていた以上に短く、緊張感も伴いますので、数秒の無駄も許されない感じがありました。
 それから、もう一つは、本書も過去問も、模範の解答例やCDのスピーチは高度なレベルですので、あくまでも目標として、自分に可能な英語を使って語るように心がけました。また、模範解答例も14トピックでは少ないので、過去問であと50トピックほどの例をほぼ丸暗記しました。一次試験の英作対策も二次対策になりますので、その例文も含めると100近いトピックを英語で書いたり、スピーチとして練習しました。一次の英作対策と二次のスピーチ対策は同時進行で行うことをお薦めします。  
 
 本書一冊だけでは不十分ですが、一級合格のために欠かせない一冊としてお薦めします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月23日 (土)

山福朱実『ヤマネコ毛布』絵本原画展@ブックスキューブリック箱崎店

Photo  昨日(7月22日(金))、山福朱実さんの絵本『ヤマネコ毛布』の原画展に行きました。会場は、ブックスキューブリック箱崎店です。木版画の動物たちの原画に加えて、今回は山福さんの刺繍も原寸大で展示されています。

 絵本『ヤマネコ毛布』は2007年にパロル舎から出版されたものを印刷方法を変え編集し、絵本評論家・広松由希子さんのセレクションによる「ずっと残したい絵本」シリーズ第2弾として、2015年2月に復刊ドットコムから復刊されました。その復刊を記念した原画展<ヤマネコ原画の旅>の巡回展が北九州戸畑図書館を皮切りに2015年12月から続いています。幼いお子さんから大人までそれぞれに味わえる、切なく、あたたかく、力強い絵本です。

Photo_2
 

 初日の昨夜は、ギタリストの末森樹さんの演奏による山福朱実さんの歌、そして、絵本講師で「さとこの日記広場」主宰の鍬塚聰子さんの読み語りがありました。

 さとこさんとは2014年のテレジン収容所の子どもたちの絵画展以来です。会場で、10数年前にブログ上でお知り合いになった美恵子さん、ふあふあさんに初めてお会いしました。リアルでお会いしてもすてきな方々です。山福さんのあたたかく力強い歌声、末森樹さんの胸に沁みるギターの音色、そして、やさしい總子さんの声…すべてが心に沁みました。生きていく勇気やエネルギーのようなものをたくさんいただいた貴重な時間でした。

■山福朱実『ヤマネコ毛布』原画展
会期:2016年7月22日(金)~8月7日(日)
    11:30~19:00
場所:カフェ&ギャラリー・キューブリック
MAIL:hakozaki@bookskubrick.jp
TELL:092-645-0630

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年3月22日 (火)

2013年度10回(2014年1月)正会員ゼミ「アメリカ絵本の黄金期⑧ ロバート・マックロスキー 講師:工藤左千夫」

 2年前の3月22日、大学卒業前に帰省した息子に絵本の読み聞かせをしました。ロバート・マックロスキーの絵本です。以下、絵本児童文学研究センターのレポートです。
 2012年度正会員ゼミでアメリカの絵本作家が特集され、ワンダ・ガアグに始まり、マージョリー・フラック、バージニア・リー・バートン、マリー・ホール・エッツ、モーリス・センダックで年度末を迎え、2013年度正会員ゼミでも引き続きアメリカの絵本作家が取り上げられ、レオ・レオニ、モーリス・センダック、そして、今回のロバート・マックロスキーで特集の最後を迎えることになった。
 この特集の中でマックロスキーは唯一知らない作家だった。退院直後の憔悴しきった工藤先生があらん限りの力を振り絞って読み聞かせをされた。その読み聞かせを通して初めてマックロスキーの絵本の世界に触れた。実に清く、正しく、明るく、まっすぐな世界だ。一点の曇りもない、清澄な世界に触れ、心が洗われるようだった。
Photo
 自分の子どもたちにも幼いころ、マックロスキーの絵本の読み語りをしたかった。どうしても聞いてほしくて、大学の卒業式を控えた息子に『かもさんおとおり』を聞いてもらった。息子は黙って聞いてくれた。感想は敢えて聞かなかったが、マックロスキーの絵本を声に出して読んだことで、その日の夜はいい夢が見ることができるのではないかと、そんな余韻が残った。
 『かもさんおとおり』はボストンが舞台の作品である。Public Gardenには、かもさん達の銅像があり、記念撮影をする人が今も後を絶たない。また、毎年母の日に開催されるDuckling Day Paradeではカモの扮装をした子どもたちによるパレードが行われている。1941年の発表以来、ボストン市民だけでなく、アメリカで、また、世界中で愛されてきた絵本だ。
 マックロスキーは、『かもさんおとおり』(1941年)と『すばらしいとき』(1957年)で2度、コルデコット賞を受賞している。他の絵本も読んでみた。親子でブルーベリー摘みにやってきたSalと子グマがお母さん探しをする『サリーのこけももつみ』は、それぞれの表情や仕草が繊細なタッチで描かれていて、実にいきいきとしている。クマの母親もSalの母親も、温かい目で子どもたちを見守っている。Salの乳歯が抜けるエピソードと海辺を描いた『海辺のあさ』では、父親のあたたかいまなざしの中で、Salが父親にも、鳥やアザラシにも誇らしげに語りかけるシーンが心に残る。メイン州の島の自然と暮らしを描いた『すばらしいとき』ではマックロスキーの細やかな視線や繊細に働く五感が感じられた。
 マックロスキーの繊細な五感が創りだした世界は、自然界も人間の世界も愛と善意に満ちている。作品を読むごとに空が晴れ渡っていくような、そんな思いを味わった。今の日本では、自然が津波や地震という脅威をもって迫り、科学技術も原発事故という計り知れない不安をもたらしている。今の日本に育つ子どもたちにマックロスキーの絵本を読み聞かせたい。なぜ、アメリカ絵本の黄金期の最後にマックロスキーが取り上げられたのか。その意義が愛と善意に満ちたマックロスキーの絵本の世界の中に感じられた。マックロスキーに続いて、絵本・児童文学研究センターの25周年について語られたが、マックロスキーの絵本の世界とセンターの設立趣意が私の中で重なり、センターの継続事業の深い意義を再認識させられた。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月11日 (火)

「つばめのつんちゃん」(2015年6月27日読売新聞夕刊)

 去る6月27日読売新聞夕刊に新藤悦子・文、こみねゆら・イラストで、「つばめのつんちゃん」という掌篇が掲載されました。
 かつて、新藤悦子さんの作品にこみねゆらさんがイラストを添えられた『空とぶじゅうたん』という類まれに美しい絵本がありました。1996年に日本ヴォーグ社より刊行後、絶版となっていました。2004年5月に、私(まざあぐうす)が復刊ドットコムにリクエストを出し、2年越しの願いが叶いました。

 2006年10月にブッキングより復刊されました。『空とぶじゅうたん』を定本に判型、装丁デザインを一新し『空とぶじゅうたん 1』、『空とぶじゅうたん 2』の2冊に分冊して刊行。復刊にあたっては、ストーリーはそのままでテキストの全面的な改稿がなされました。また、全ページフルカラーとして、より美しい絵本として蘇りました。

  そんな経緯がありますので、このたびのお二人の作品の久々のコラボをとてもうれしく思いました。

 9月1日には神童さんの新刊『イスタンブルで猫さがし』がポプラ社から刊行予定。お薦めします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月14日 (日)

アンネ・フランクの誕生日

 6月12日はアンネ・フランクの誕生日。今年もわが家の庭でアンネの薔薇が咲き続けています。生きていれば86歳の誕生日を迎えていました。毎年この日が巡って来るたびに、どんな活動を世界で展開していただろうかとその若すぎる死が惜しまれます。

 偕成社のFacebookのページ(こちら)で「オランダの亡命政府が、戦後をみすえて、戦時下で国民が体験した困難を正しく後世に伝えるため、日記や手紙など、個人の記録をとっておくこと、と国民にラジオで呼びかけたそうです。それがきっかけで、アンネも自分の日記を戦後出版する思いで、日記の清書をしはじめた、と書いてありました。なぜこれほどまでに整えられた日記をアンネが遺したのか、納得がいきますね。(※写真は博物館のパンフレットです)」ということが述べられていました。
 アンネの日記の詳細さは、そうした時代背景があったのだと知らされました。

Photo

Photo_2
 『悲劇の少女アンネ』(シュナーベル/著 久米穣/編訳)、『少女アンネ その足跡』(シュナーベル/著 久米穣/訳)の2冊が同ホームページで紹介されています。いつか読んでみたいと思いました。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月10日 (土)

初詣の願いを祈りに

 新年あけましておめでとうございます。
 昨年は日本各地で自然災害に見舞われました。東日本大震災から4年近く過ぎましたが、避難所や仮設住宅で新年を迎えている方々のことを思います。
 今年は自然が平穏で、経済が安定しますよう、初詣に願い、祈りました。
 皆様の健やかでお幸せな日々をお祈り申し上げます。
 昨年はフォニックスの教授法を学びました。今年は多読多聴を通して自分自身の英語力のアップを図りたいと思っています。愛と感謝に満ちた気持ちで今年も一年過ごしていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い致します。
 年初には、『ね,うし,とら十二支のはなし―中国民話より』の絵本を読みました。 機知に富んだ愉快な「十二支のおはなし」にエキゾチックな絵が添えられています。十二支を日本に伝えた国・中国の民話を通して、十二支の由来を楽しんでみませんか。ブックレビューはこちらです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年8月28日 (木)

大人の絵本を愉しむ会 (2014年6月21日)

 不定期な集まりですが、楽しみにしているのが「大人の絵本を愉しむ会」。
 
 先月はビストロ・シェ・ラパンでお食事をした後、絵本について語り合いました。いつもは公共施設のお部屋を借りていますが、その日はレストランでしたので、お互いの読み聞かせはありませんでしたが、それぞれに読んだ絵本が内容的にシンクロしていたりして、ほんとに面白いです。
 メンバーのKさんが読んでいた『旅をする木』(星野道夫)は絵本ではありませんが、数年前にはまって読んだ本でした。その中でロバート・マックロスキーの『サリーのこけももつみ』という絵本が紹介してあって、大好きな絵本ですので二冊とも再読中。子どもの絵本は大人になっても十分に楽しい。大人だからこそもっと愉しいのかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月16日 (月)

新藤悦子さんの新作『手作り小路のなかまたち』が出版されました!

 新藤悦子さんの新刊『手作り小路のなかまたち』が出版されました。おしゃれで美味しくてあったかい物語です。  

P1016339
P1016338_3
 悦子さんは大学卒業後、単身トルコのカッパドキア地方に滞在し現地の女性ハリメさんの指導の下に絨毯を織り上げました。その時の体験を綴った『エツコとハリメ』を皮切りに中近東を巡り、『羊飼いの口笛が聴こえる』や『チャドルの下から見たホメニイの国』などルポを書いています。  
 中近東の言い伝えを下に綴った『空とぶじゅうたん』の5つの物語は2006年ブッキングから2冊分冊大型絵本として復刊されました。以来、児童文学の作品を手がけています。『青いチューリップ』では日本児童文学者協会新人賞を受賞、子どもの本の語り手として活躍中です。新作『手作り小路のなかまたち』、大人でも十分楽しめます。

» 続きを読む

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月14日 (水)

絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2013年9月正会員ゼミ「いま読む新美南吉ー生誕100年に寄せて」 講師工藤左千夫

  NPO法人絵本・児童文学研究センターの2013年9月正会員ゼミ「いま読む新美南吉-生誕100年に寄せて」 講師工藤左千夫>のレポートで、正会員月間レポート賞をいただきました。お読みいただけるとうれしいです。
******************
 

 私は新美南吉の作品に大人になってから出会った。『でんでんむしのかなしみ』、『ごん狐』、『おじいさんのランプ』、『手袋を買いに』、『花のき村と盗人たち』、『正坊とクロ』、『張紅倫』など、30歳になった頃から愛読している。

手毬歌かなしきことを美しく

南吉の童話を読むたびに高浜虚子のこの一句が思い出される。人生の不条理や人間のもつ根源的な悲しみが物語の中で炙り出されたのち、しんしんと心に沁みる。そして、子ども達の歌声が手毬歌のかなしさを昇華するかのように心が澄みわたる。

20年程前、田無市(現・西東京市)の教職員組合主催の勉強会で藤田のぼる氏の講演を聴講したことがある。そこでは氏の『麦畑になれなかった屋根たち』という絵本にまつわるエピソードや歴史的背景が語られた。第二次世界大戦中、B29による空襲を避けるため、中島飛行機工場に1000人ものペンキ屋の職人達が集められ一日で広い工場の屋根を麦畑に塗りかえたことがあった。最新鋭の技術を駆使した大型爆撃機に対する必死の努力であったが、アメリカ側は武蔵野郊外にある工場の位置を正確に把握しており、すべてが無駄に終わってしまったのであった。

戦争という歴史の不条理と異常事態の中で、はかない努力を強いられた人間の姿を語り、絵本を生み出した氏は童話作家である南吉を語るにふさわしい人物であり、実際、日本児童文学者協会で南吉の著作権を守ってきた人物でもある。

今回の講義で南吉の作品に改変、補筆、改ざんが加えられていたことを知らされた。南吉の作品が死後、巽聖歌に託されたことにより、聖歌による改ざん、加筆、修正がくり返されており、また、現在の国語教科書のすべてに掲載されている『ごん狐』に関しても、原作『権狐』が「赤い鳥」(19321月号)に掲載されるに当たって、鈴木三重吉による改題、改変、補筆がなされている。

講義の中で、原作である『権狐』と改変、補筆後の『ごん狐』が読み比べられたが、原作よりも改変、補筆後の『ごん狐』の方がはるかに完成度が高く感じられた。しかし、三重吉の改変、補筆の手が入ったとしても、物語の骨子は南吉オリジナルのものである。南吉童話の愛読者の贔屓目かもしれないが、三重吉本人の作品が過去のものとなってしまい、南吉の作品が死後100年を経た今の子ども達に読み継がれていることを思えば、童話作家としての力量や才能は南吉に軍配が上がるのではないか。一方、巽聖歌による改ざんに関しては、聖歌の没後、問題視されるようになり、原作が再調査され全集の校訂版が刊行されている。

死後50年で著作財産権が消滅した後も作品がゆがめて扱われないように著作人格権を守る活動が、新美南吉の会(日本児童文学者協会)によってなされてきたが、生誕100年目を迎え、その著作権継承者名義が南吉の生まれ故郷の半田市に移譲されたことが報告された。南吉の作品がこれから後も汚されることなく守られていくことを心から願いたい。

講義の最後に今の子ども達の心に届くであろう作品として『屁』が取り上げられた。南吉の少年物語にくり返し登場する久助君、徳一君ではなく、春吉君が主人公、放屁をくり返し、級友たちからからかいの対象となっている石太郎君がサブの主人公として登場する作品である。石太郎だけでなく、人間誰しも放屁をする。自分がうっかりしてしまった放屁を隠し通し、石太郎のせいにしてしまった春吉。子ども達が教室でくり広げる些細なエピソードの中で、人間の持つ心の暗部がさり気なく炙り出された作品である。南吉の少年物語は自らの教員体験に基づいているからであろうか、教室での出来事が具体性に富み、子ども達の心の動きが生き生きと描かれている。テレビゲームやネットの世界に早い時期から没頭する今の少年たちの心に届けたい作品である。

リアルな世界での実体験が乏しいまま、ゲームやネットのバーチャルな世界に没頭する青少年のネット依存の遠因には幼い頃の読書体験の乏しさがあるのではないだろうか。ブックスタートや絵本の読み聞かせ、そして、朝の読書運動など、子ども達がネットに過度に依存しないための対策として推奨したい。新美南吉生誕100年を記念して、教科書掲載の作品だけでなく、もっと多くの南吉の作品を子ども達の心に届けたいと思った。

(文責:吉村眞由美 NPO法人絵本・児童文学研究センター児童図書相談士1級)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2013年3月正会員ゼミ「アメリカ絵本の黄金期」Ⅱモーリス・センダック  講師工藤左千夫

 NPO法人絵本・児童文学研究センターの2013年3月正会員ゼミ<「アメリカ絵本の黄金期」Ⅱモーリス・センダック 講師工藤左千夫>のレポートで、正会員月間レポート賞をいただきました。お読みいただけるとうれしいです。

*******************
  2012年度正会員ゼミはワンダ・ガアグに始まり、マージョリー・フラック、バージニア・リー・バートン、マリー・ホール・エッツと続いて、アメリカの絵本作家が特集されている。ワンダ・ガアグ、マージョリー・フラック、バージニア・リー・バートンらが絵本作家として正統派に分類され、アメリカの田園で暮らしていたのに対して、今回のゼミで紹介されるモーリス・センダックは、正統派には分類されず、ニューヨークという都会で生活している。

私がセンダックの絵本と出会ったのは、母親として子どもたちに絵本を読み聞かせるようになってからである。『かいじゅうたちのいるところ』は、子どもたちに読み聞かせを何度せがまれたか知れない。また、原作の“Where the Wild Things Are”は、英語の授業中の読み聞かせで、高校生たちに最も受ける絵本の一冊である。高校生たちも幼い子どもたちのように、絵本を食い入るように見つめてくれる。大人を対象にした読み聞かせの会でも同様だった。センダックの絵本は見る者のまなざしを釘付けにする。私自身も、『かいじゅうたちのいるところ』に限らず、『まどのそとのそのまたむこう』や『ミリー 天使にであった女の子のお話』など、センダックの絵本を読み終えた時、不思議なカタルシスが与えられる。読者のまなざしを釘づけにする絵本の魅力とは? また、読み終えた時に得られるカタルシスとは? センダックの作品とその背景に深く迫る今回のゼミを興味深く聴講した。

センダックは1928年ニューヨークのブルックリンに生まれた。両親はポーランド系ユダヤ人である。父親が即興の物語を語るのが上手で、ユダヤに伝わる古い物語をもとに即興の話をしてくれた。病弱だったため、孤独な少年時代を過ごしたセンダックにとって、幻想と神秘の世界への強い興味は幼いころの父親の即興物語にあると言われている。

高校卒業後、ウィンドウ・ディスプレーの仕事を始めたことがきっかけで絵の才能が認められ、挿し絵を書き始め、絵本の世界に入った。絵は美術館に通い、クレーン、コルデコットなど19世紀イギリスの挿絵画家の作品から独学で学んでいる。ルース・クラウスの作品の挿絵を描くことで頭角を現し、1950年代後半から絵本の創作も手掛けるようになった。

ゼミの冒頭で、センダックの作品の根っこにある”dumps”(子どもの憂うつ)について語られた。病弱で孤独な少年時代を過ごしたセンダック自らの憂うつとも重なる。その憂うつは、センダックの初期作品である『わたしたちもジャックもガイもみんなホームレス』(“We Are All in the Dumps with Jack and Guy”)の”Dumps”という原題にも使われている。マザーグースのrhymeの一節だ。子どもたちは憂うつを乗り越えるために現実から空想の世界へと羽を伸ばす。そこにセンダックのファンタジー(物語)が生まれるという工藤先生の着眼点がユニークだ。

センダックの作品は、『かいじゅうたちのいるところ』をはじめとして、『まよなかのだいどころ』など、大人の批判を多数浴びている。言葉づかいやイラスト上の子どもの裸体が問題とされた。しかし、センダックは絵本を創るに当たって、「子ども時代を生き抜く子どもたち」が最大の関心事であることを述べ、世の批判にひるまない。子どもの深層心理を洞察し、子どもの憂うつから発する想像の世界を描いているのだ。センダックは常に子どもの側にいる。読者の中の子どもに語りかける。イマジネーションや弾む心を失った大人たちには理解の届かない世界を描いている。センダックの絵本を読み終えた後のカタルシスは、こうしたセンダックのゆるぎない洞察力と絵本作家としての立ち位置にあるのだと確信した。

「哲学と芸術は苦悩する人間を描くもの」というニーチェの思想が引用され、さらに工藤先生の哲学的な分析が続く。センダックの作品世界に表現されえているペシミズムを、ニーチェの「ディオニュソス的ペシミズム」、つまり、『悲劇の誕生』で説かれた芸術衝動の一つで、陶酔的、創造的、激情的などの特徴をもつペシミズムに類似していると。センダックは、絵本の創作において、「今日の複雑な世界を生きる子どもたちが直面している諸問題」から目をそらさない。子ども時代が夢見心地であるという幻想などつゆ抱いていない。センダックの作品には常に「苦悩する子ども」がいて、不安や恐怖や寂しさを乗り越えるため、想像の世界に羽ばたいていく。子ども時代に独特の感情がしっかり描かれているのだ。大人になってセンダックに触れた私にとって、マックといっしょに怪獣たちと踊ることもミッキーといっしょに夜空を飛ぶことも、自分からかけ離れた遠いことのように思えていたが、センダックの作品世界にニーチェの思想を感受された工藤先生の解説によって、センダックの作品が芸術として身近に感じられるようになった。

 カタルシスもそうだが、センダックの絵本から音楽が聴こえるような感覚を覚えていた。工藤先生の繊細で鋭いセンダック論に触れ、自分が何となく感じていたことをさらに確かめてみたくなり、ゼミを聴講した後、『センダックの絵本論』(岩波書店)を読んだ。冒頭で、まさにセンダックが「音楽を描く」ということを述べている。センダックが子どもの本の絵に欠くことのできないものと考えているのが、純粋な動きの精神、生命を吹き込む息、動きへの揺さぶりであり、それらを最もうまく表していることばとして、quicken(生命を与える)ということばを挙げる。また、その意味を「音楽的に発想する」と解説している。「音楽にはファンタジーを解き放つという独特な力がありますが・・・」とセンダックのことばが続く。センダックの絵本から音楽が聴こえるように感じていたのも、絵本を読み終えた後、解き放たれたような感覚を味わっていたのも、確かな感覚なのだとセンダックのことばから自分の感覚を信じていいんだよと教えられたようで、ほっとしている。このほっとする感覚こそ、センダックの作品の魅力ではないかと感じている。

 子ども達のために描かれたセンダックの絵本の魅力を知り、大人としてほっとすると同時に、日本の大人の子どもたちへの在り方が悲しく思えてならない。子どもたちに体罰を与える教師たち、そして、子ども達を虐待している大人たちに、センダックの絵本を薦めたいと思った。「あなたたちの中にこそ、大人になりきれないで苦しんでいる子どもたちがいますよ。その子どもたちのためにセンダックを読んであげなさい。きっとほっとしますよ。手は子ども達と握手するためにあります。腕は子ども達を抱き締めるためにあります。その手で、その腕で子ども達を叩かず、抱きしめてあげてください」と伝えたい。大人たちから体罰を受け、虐待を受け苦しみ、孤独を味わっている子どもたちに、誰か、センダックの絵本を読んであげてくださいとも。教育現場でも、学力を高めることより、進学率を高めることより、もっと大切なことがあるのではないか。学校司書の設置と読書運動に真剣に取り組んでほしい。家庭でも、子ども達に良書を与え、親子で楽しんでほしい。良質の本と食事と心身共に安心できる環境が、今の子どもたちに最も求められていることではないかと思った。

(文責:吉村眞由美 NPO法人絵本・児童文学研究センター児童図書相談士1級)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2013年1月正会員ゼミ「物語の行方」 対談:松本徹&工藤左千夫