「障害者の性の介助」というテーマを通して、社会への問題提起をなす貴重な一冊 『セックスボランティア』
医療・教育・福祉などの専門職でもなく、障害を抱えている当事者でもない著者が挑んだ「障害者の性の介助」に関するノンフィクションです。『週刊朝日』に連載された「週刊ノンフィクション劇場」をベースに更なる取材を重ねて、加筆後、単行本化されました。
ボランティアとして障害者とセックスをする女性、障害者専門の風俗店、身障者への出張を行うホストクラブ、知的障害者のカップルへのセックスの指導、福祉施設の介護者によるマスターベーションの介助など、これまで知り得なかった障害者を取り巻く性の現実が、障害を抱えているカップルや当事者への取材を通して明らかにされています。
私の娘は<点頭てんかん>という重い病を抱えて生まれてきました。「歩くこともしゃべることもままならないでしょう。」と告げられましたが、23歳になる娘は、知的な障害を抱えていても、演劇や水泳を続けながら、毎日元気に作業所に通っています。
時おり、母親の私より充実した人生ではないかと思うことがありますが、性の問題になると娘がどのように感じているのか測り知れません。幼く無邪気なだけに、どのように感じているのだろうかと親のなす術もなく案じているばかりです。そんな現実を抱えているだけに、身につまされるような思いを味わいながら読み終えました。
「障害者だってやっぱり、恋愛したい。性欲もある。」という現実を当事者の生の声を通して知らされ、あまりの生々しい感情とそれに対する社会の風当たりの厳しさに、胸がつかえるような思いを抱きました。
この本を単行本化するにあたって作者が削ったであろう原稿の量を思います。ここに書かれていることは、その氷山の一角かもしれません。障害を抱えている娘の性というよりも、自分自身が日常生活レベルで無意識の領域に封じ込めている「性」に関して考えさせられました。そして、生は性という当たり前のことを再認識させられました。
この本を3つの点で評価したいと思います。
これまで表立って取り上げられたことのない「障害者の性の介助」というテーマに果敢に挑んでいる点、「性の介助」というテーマで、障害者の性の問題に切り込み、当事者でない一般の人々に分かりやすく訴えかけている点、そして、当事者への取材を重ね、障害者への性行為補助金制度を取り上げ、実際にオランダまで取材の足を運んでいるという点です。
評価すると同時に、この本は、障害者の性に対する問題提起に過ぎないということも感じました。性の問題は個人差もありますし、すっきりと解消するような解決策がないという側面を孕んでいます。単にセンセーショナルな問題提起の本として終わらないためにも、著者に更なる取材とテーマへの深い洞察を望みたいと思います。
取材を経て書かれた文章の行間に著者の心の置き所のあいまいさを感じてしまいました。著者に対して性体験の告白を望んでいる訳ではありません。性をテーマとする時、やはり自分がどんな性意識を抱えているのかという心の位置が定まっていないと問題に対する切り口が浅くなります。この本の物足りなさは、その点にあるのではないでしょうか。
人間が生物である限り、障害という問題は避けて通れないものではないでしょうか。傍観者的な立場に留まらず、自分自身の問題として「障害」や「性」について、著者である河合香織さんにも、この本の多くの読者の方々にも考えていただきたいと感じました。障害者の置かれている性の現状から、今後の社会のあり方を問うという方向までテーマを深化させてゆくことが次作への著者の課題ではないでしょうか。
障害者の性の介助を通して社会への問題提起をなす貴重な一冊としてお勧めします。
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