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2009年1月30日 (金)

ホロコーストを若い世代に伝える秀逸の物語  『ジャック・デロシュの日記』

  第二次世界大戦から半世紀以上が過ぎ、ホロコーストや原爆という歴史上類を見ない惨事を生き抜いた人々が高齢になり、この世を去ってゆく。人間の歴史の暗部であり、恥部でもあるホロコーストを後の世代にどのように伝えていったらいいのか。
 ホロコーストに関する名著としては、フランクル博士の『夜と霧』(みすず書房)があり、児童書においては(ハンス・ペーター・リヒター著)『あのころはフリードリヒがいた』(岩波書店)、YA向け作品では(アンネ・フランク著)『アンネの日記』(文藝春秋(ヘルガ・シュナイダー著)『黙って行かせて』(新潮社)があり、ホロコーストをめぐる底知れぬ恐ろしさが語られているが、人生の危機に瀕した時に読むと不思議と心が救われる。
 新作を期待していた矢先、海外で14もの文学賞を受賞した『ジャック・デロシュの日記 —隠されたホロコースト』に出会った。
 物語は、「今日、また食べ物を吐いた。でもこれが最後だ。」という主人公エマの言葉に始まり、同じ言葉で終わる。主人公であるエマ・ラシュナルは、17歳。祖母マムーシュカのことが大好きで、心から尊敬していたが、祖母の死後、祖母の部屋で古い日記を見つけたことで、祖父母にまつわる恐ろしい事実を知り、摂食障害が日ごとに悪化していくことに・・・。
 その古い日記は、ポーランドのゾビブルという収容所でユダヤ人の「処理」にかかわっていた青年ジャック・デロシュの日記。読む権利などないと思いつつ、どうしようもなく惹きつけられて開いてしまった日記には、ナチの武装SS、ヒトラー、ユダヤ人の隔離、排除、強制退去、絶滅収容所、鉄条網、監視塔、ガス室、エヴァ・ヒルシュバウムとその息子シモン・・・。
 嘔吐と過食を繰り返し、身も心もぼろぼろになりながら、エマはジャック・デロシュの日記を読み続けた。まるで、日記の中の出来事が、自分の人生の一部となってしまったかのように、エマの人生の記憶と重なってゆく。
 13歳という思春期の入り口でダイエットを思い立ったエマが、自分の無と向き合い、無を消化するために、ますます食べることへの嫌悪感を抱き、食べないということを通して、自分を隔離することを覚えていく。食べないことは、自分にとってのゲットーなのだ。
 日記を繰り返し読むうちに、偶然、表紙を補強している厚紙をはがして見た写真にエヴァ・ヒルシュバウムの名が記されていた。そして、裏表紙をはがして見たジャック・デロシュの写真にエマは正気を失う。生死をさまよった末に、エマが「今日、また食べ物を吐いた。でもこれが最後だ。」と言う。そのエマが最後に選択した行動とは・・・。
 摂食障害とホロコーストの歴史と、何の関わりがあるのかと問われれば、単純な答えは出ないであろうが、その一つは、人間という存在の虚無、もしくは、ブラックホールではないだろうか。
 ホロコーストの歴史と祖父母の関わりを知った主人公エマが摂食障害を悪化させてゆく過程は、人間の歴史の暗部と自らの暗部を知る過程と重なる。エマの摂食障害によるおぞましい心身の衰弱を目の当たりにして、読者はひるむであろうが、ホロコーストとは、それ程の過程を経なければ知り得ないのかもしれない。
 エマの選択をどのように受けとめるのか。それは、作者から読者への問題提起ではないだろうか。衝撃的な問いを突き付けられ、読者は自ずとホロコーストについて考え続けることを余儀なくされる。ホロコーストを若い世代に伝える秀逸の新作物語として、高学年以上の子どもたち、そして、大人の読者にお勧めしたい。

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