愛と孤独に対する深い洞察に満ちた恋愛論 (福永武彦著)『愛の試み』(新潮文庫)
2月初旬から読み始めた同著をようやく読み終えました。何度もくり返し、じっくりと読みました。2月に入ってからの読了本の数は少ないのですが、その質は濃いものだと思っています。児童書ではケイト・デ・カミロの作品を数冊、音楽関係では徳永英明さんの『半透明』、そして、同著です。偶然ですが、テーマはいずれも愛と孤独。ケイト・デ・カミロの作品のレビューも今月中に書きたいと思っています。
「家守綺譚の植物アルバム」も閲覧いただきうれしく思っています。どうぞこれからもよろしくお願い致します。
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『愛の試み』は福永武彦氏(小説家・詩人)が説く恋愛論。
「夜われ床にありて我心の愛する者をたづねしが尋ねたれども得ず。」
冒頭に雅歌の第三章を引用して、人間の持つ根源的な孤独の状態を簡潔に表現していると説き、この孤独はしかし、単なる消極的な、非活動的な、内に鎖された孤独ではない。「我心の愛する者をたづねしが」―そこに自己の孤独を豊かにするための試み、愛の試みがあると説く。
スタンダールの恋愛論の結晶作用と融晶作用、愛につきもののエゴ、嫉妬、憐憫、自己犠牲、愛と理解の違い、愛することと愛されることの隔たりや人間の愛の限界について語りつつ、恋愛と孤独を対立させることなく相補的に説きつつ、その論が観念的に終始しないように「釣のあと」「花火」「細い肩」「女優」「盲点」「音楽会」「雪の浅間」「歳月」「砂浜にて」と題する9つの掌編を関連する章の後に挿入している。
著者の恋愛論の実践編とも思える9つの掌編は文学性も高く、著者の論の理解を促す作品であった。いずれも一筋縄ではいかない男女の心の機微が巧みに描き出されている。現実の恋愛も孤独も不完全であることを認めた上で展開される著者の恋愛論には説得力が感じられた。本書は薄っぺらな恋愛の指南書ではない。
「自己の孤独を恐れるあまり、愛がこの孤独をなだめ、酔わせ、遂にはそれを殺してしまうように錯覚する。しかし、どんなに燃え上がろうとも、彼が死ぬ以外に、自己の孤独を殺す方法はない。」と説く著者の言葉に愛することをひるむ読者もいるであろう。しかし、人間が根源的に孤独な存在であるとすれば、愛することを試みた以上、苦しみから逃れることは出来ないのではないだろうか。著者の言葉に愛することへの覚悟を促された。脆弱な孤独から豊かな愛は育たないのだ。
「愛は持続すべきものである。それは火花のように燃え上がり冷たい燠となって死んだ愛に較べれば、詩的な美しさに於て劣るかもしれぬ。しかし節度のある持続は、実は急速な燃焼よりも遥かに美しいのだ。それが人生の智慧といったものなのだ。しかも時間、この恐るべき悪魔は、最も清純な、最も熱烈な愛をも、いつしか次第に蝕んで行くだろう。従って熱狂と理智とを、愛と孤独とを、少しも衰えさせずに長い間保って行くことには、非常な努力が要るだろう。常に酔いながら尚醒めていること、夢中でありながら理性を喪わないこと、イデアの世界に飛翔しながら地上を見詰めていること、―愛における試みとはそうしたものである。その試みは決してた易くはないが、愛はそれを要求する。」
新約聖書のコリント人への手紙Ⅰの十三章(愛の章)を彷彿させる著者の言葉にその恋愛観が凝縮されているように思えた。愛と孤独に対する深い洞察に満ちた恋愛論の名著として蔵書にしたい一冊。
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