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2009年2月 1日 (日)

戦争を語ることなく、湾岸戦争の悲惨さを浮き彫りにしたユニークな物語  『弟の戦争』

 1990年のイラク軍のクウェート侵攻に始まり、1991年初頭多国籍軍の空爆により本格化した湾岸戦争を私たちはどのように記憶しているだろうか。生々しい殺戮の現場や戦争に苦しむ人々の肉声ではなく、多国籍軍の空爆に破壊されてゆくイラク軍の戦闘機や建造物の映像、油にまみれた海鳥の映像など、テレビ放送による映像の記憶がほとんどではないだろうか。

 物語はイギリスのロンドンのごく平凡な家庭に始まる。父は強くてたくましいラグビーの名選手、母は面倒見のいい州議会議員、そして、主人公のトム15歳、弟のアンディ12歳。トムは弟を「フィギス」(たよれるやつ)と呼んでいた。
 フィギスは、リスの子や飢えに苦しむエチオピアの親子の写真などを見ると、とりつかれたみたいになって「助けてやってよ」と言う。遠く離れた人の心を読み取る不思議な力も持っている。兄のトムだけが、フィギスが物にとりつかれた状態を知っていた。
 湾岸戦争勃発とともに、イラクの少年兵ラティーフが、フィギスの体に入りこんでしまった。いつもの夢が始まったと思い、ゲームのつもりでいたトムであったが、事態は深刻な方向に展開する。イラクの少年兵ラティーフが入り込んだフィギスは、その奇妙な行動から精神病院に入院させられることに・・・。

 精神病院の病室に作った防空壕で、排泄物をもらして空襲に怯えるフィギス。火だるまの仲間を救おうとするラティーフ、焼けただれた両手を振り上げ、声を限りにアメリカ人をののしるラティーフ。フィギスの苦しみは、ラティーフの死まで続くが、精神科医のラシード先生とトムだけが、フィギスとラティーフの真相を知っており、両親は何も知らない。兄であるトムの目を通して、弟のフィギスを襲った事件が語られてゆく。
 

 フィギスの変わり果てた姿をどのように受け止めるかは、読者次第であるが、物語を読み終えた後、フィギスを襲った苦しみが不思議な感触をもって心に残る。また、フィギスの担当医であったアラブ人のラシード先生の存在も忘れがたい。インテリ層に属しながら、アラブ人としての人種差別を受け、戦争の悪を知りながら、イラク人がフセインを支持することへの理解を示すラシード先生は人間の抱える矛盾を体現しているように思えた。
 直接に戦争を語ることなく、フィギスがもがき苦しむ姿を通して、戦争の悲惨さを浮き彫りにしたユニークな物語。湾岸戦争という対岸の戦争を全身で受け止めたフィギスの存在を深く記憶にとどめたいと思う。

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