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2009年4月 8日 (水)

モンゴメリの幻の名作の文庫化 愛を描いた心温まるハッピー・エンディングストーリー

青い城 (角川文庫) Book 青い城 (角川文庫)

著者:モンゴメリ訳:谷口 由美子
販売元:角川グループパブリッシング
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 主人公のヴァランシー・スターリングは29歳になる独身女性。
 母親と従姉のスティックルズと3人で貧しくひっそりと暮らしている。住んでいる家も与えられた部屋も醜い。平均を下回る身長、美しくも醜くもない容姿に加え、子どもの頃から病弱だった。性格も内気で陰気と見なされ、母親や従姉をはじめとする親族に虐げられるように生きている。自分の服装や髪型を決めることから、図書館で本を借りること、医師の診療を受けることに至るまで生活の一切がままならい。世間からはオールド・ミスと見なされみじめな存在だ。
 ヴァランシーにとって、唯一の救いは、空想の中の“青い城”。
 それは、誰も知らない美しい国に聳え立つ城だ。松の茂った高い山にそびえ、小さな塔がいくつもあり、旗がひるがえり、青霞の中に美しく浮かんでいる。そこには、ありとあらゆる美しいもの、すばらしいものがあり、ヴァランシーは幸せに暮らしていた。“青い城”は、ヴァランシーが夜になったらとびこんでいける夢の世界であり、現実の窮屈な生活を乗り切っていくために幼い頃から築き上げてきた夢の住処だった。
 そんなヴァランシーが、ある日心臓病で余命一年と診断され、悔いのない人生を送ろうと決意したところから新たな物語が展開してゆく。 さて、ヴァランシーの決意とは、そして、ヴァランシーのとった行動とは…。

 

 本書は、『赤毛のアン』で一躍有名となったカナダの小説家ルーシー・モード・モンゴメリの1926年の作品である。何の取り柄もない主人公が自分の余命を知り、勇気ある決断と行動によって夢の世界だった“青い城”を現実の世界へと導く痛快なラブ・ストーリー、辛口のユーモアとともに展開される心温まるハッピー・エンディングストーリーだ。
 物語の展開上、周到な伏線が準備されているため、予定調和的な単純なハッピー・エンディングストーリーと見なされる可能性は否定できないが、愛のない人生の空しさを訴えるヴァランシーの言葉に着目したい。
 「生きてゆく上での激しい、美しい感情は、あたしをよけていってしまったのだわ。深い悲しみさえ感じたことはない。あたしは、心から誰かを愛したことがあるかしら?おかあさんを本当に愛しているかしら? いいえ、愛してはいない。それが恥ずべきことであっても、それは真実だわ、あたしはおかあさんを愛してはいないー愛したことなどなかった。もっとひどいことには、好きでもない。つまり、あたしは、愛というものを全然知らないということなのよ。あたしの生涯は空しかったーからっぽだわ。空虚というほど、恐ろしいことはないわ、恐ろしい!」と余命を知らされたヴァランシーが独り言で苦しそうにうめいている。
 愛のない人生の空しさを嘆いていたヴァランシーは、自らの勇気と決断によって愛を得ていく。ヴァランシーに託したモンゴメリの強い思いが感じられる。それは、愛することと自分を信じることと夢を持ち続けることの大切さではないだろうか。また、ヴァランシーが幼いころから築き上げてきた夢の世界の“青い城”は、モンゴメリの豊かな想像(創造)の世界とも重なるのではないだろうか。
 モンゴメリの自叙伝『険しい道』を読むと、2歳になる前に実母を病気で亡くし、母方の祖父母に引き取られて育った幼少時代にはじまり、若き日々の苦悩や作家としてデビューするまでの数えきれない挫折、そして、牧師夫人としての結婚生活も決して順風満帆ではなかったことを知らされる。モンゴメリ作品のユーモアは実人生の険しさの賜だろう。
 『険しい道』の日本語訳の「はしがき」に「わたしと同じように、うんざりするような人生という道程を、苦しみながらいまもなお歩き続けている人々を励ますために」自叙伝を書いたとモンゴメリが述べていることが紹介されているが、モンゴメリは『青い城』も同様の思いで書いたのではないかと思った。
 『モンゴメリ日記 愛、その光と影』の中で、モンゴメリの実人生における愛の光と影が浮き彫りにされているが、モンゴメリはアンシリーズに始まり、一貫して愛を書き続けた作家ではなかっただろうか。モンゴメリの愛への希求が読者を慰藉する。小説が読者を慰藉する文芸であることを『青い城』は100年近くの歳月を経て教えてくれているように思う。『青い城』をモンゴメリ作品の中の名作として評価するとともに幻の名作であった本書を見出し、このたびの文庫化まで漕ぎ着けた谷口由美子氏の翻訳の功績を称えたい。

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