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2009年6月 7日 (日)

上田真而子氏講演会 ― ナルニア国10周年記念連続講演会児童文学で世界を巡る・第1回

 今日は、ナルニア国10周年記念連続講演会児童文学で世界を巡る・第1回―上田真而子氏講演会を聴講しました。主催は、教文館子どもの本のみせナルニア国です。

 講演題 “いま思うこと これまで訳してきた本を手がかりに”
 
1 生きていることのおもしろさ、生きる悦びを― 本で!
 『マクスとモーリツのいたずら』や『きつねのライネケ』
 前者は、いたずら好きの子ども達、残酷な話として総じて批判的な受け止め方をされたが、せめて本の中だけでも子ども達にいたずらをさせてもよいのでは? また、後者については、「教訓のない物語」と評されたが、それでもよいのでは?

きつねのライネケ (岩波少年文庫) Book きつねのライネケ (岩波少年文庫)

著者:小野 かおる,ヨハン・ヴォルフガング・フォン ゲーテ
販売元:岩波書店
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2 伝わるということ、追体験ということ ― 本で!
 『あのころはフリードリヒがいた』『彼の名はヤン』
 本を読むということは、言葉でもう一つの世界に入ってゆき、追体験をすること、現実に帰ってきたとき、自分の世界に奥行きができる。

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520)) Book あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))

著者:ハンス・ペーター・リヒター
販売元:岩波書店
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彼の名はヤン Book 彼の名はヤン

著者:イリーナ コルシュノフ
販売元:徳間書店
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3 言葉での表現―言葉から生まれるもの、養われるもの、言葉のふしぎ。
 『はてしない物語』
  名づける=真の関係が生まれる、言葉から養われる感情が存在する
(現在、言葉が痩せている、感情が痩せているのではないかと危惧している。本を読むことで得られる世界は、量的な世界ではなく、質的な世界である。)

はてしない物語 Book はてしない物語

著者:ミヒャエル・エンデ
販売元:岩波書店
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 『おくればせの愛』
 資料に基づかず、全て自分の感情に基づいて書いた作品。
 書いている内にひとりでにペンが動き、書くこと(言葉)を通して、父の思い出と出会い、父との和解を果たす。
 資料に基づいて書いていたら、ここまで読者に訴える作品とはならなかったのではないか。書くことの不思議を感じる作品。

Book おくればせの愛

著者:ペーター ヘルトリング
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 翻訳と言うこと。
 『ハイジ』『くるみわりとネズミの王さま』の新訳を通して。
 日本語の変化は早い。芭蕉が言う不易流行の「流行」が早いため、「不易」を伝えたかったら、新しい言葉での翻訳が必要となるのではないか?芭蕉の語る不易流行とは、「不易」は永遠に変わらない、伝統や芸術の精神。「流行」は新しみを求めて時代とともに変化するもの。相反するようにみえる流行と不易も、ともに風雅に根ざす根源は実は同じであるとする考えのこと。

ハイジ (上) (岩波少年文庫 (106)) Book ハイジ (上) (岩波少年文庫 (106))

著者:ヨハンナ・シュピリ,上田 真而子
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クルミわりとネズミの王さま (岩波少年文庫) Book クルミわりとネズミの王さま (岩波少年文庫)

著者:E.T.A. ホフマン
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4 日常を立体に! 人間の世界に取り戻したい!

 子ども達は本来生きているのが楽しくて仕方がない存在。にもかかわらず、今の子ども達にはそのような明るさが感じられない。いい子社会で、規制が多すぎるのではないか。ゲームの虚像、テレビの画像など本当のファンタジーでないものが「日常の立体」となってしまっている、また、パソコンが子どもの居場所となっていることへの危惧を感じている。
 ヘルトリンクは、「子どもにわが家を!」と語っている。ヘルトリンクのわが家(=居場所・いざというとき駆け込める場所)は、数学の先生や彫刻の先生だった。また、アルプスの少女ハイジにとっては、「おじいさん」が帰る場所。今の子ども達に本当の意味での立体の世界を取り戻さなくてはならない。
 『バーバラへの手紙』や『レクトロ物語』などすばらしい立体の世界である。

バーバラへの手紙 Book バーバラへの手紙

著者:レオ メーター
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文庫版 レクトロ物語 (福音館文庫) Book 文庫版 レクトロ物語 (福音館文庫)

著者:ライナー・チムニク
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 感想

 歌人の故上田三四二の西行論に言及されて、西行は「あくがれ」の側から現世を見ず、現世の側から「あくがれ」を詠う。花月にあこがれる心は来世に浄土をみるのではなく、西行にとっては、現世が浄土であったということや、西行のたわむれ歌に言及されたことを通して、上田真而子氏ご自身の言葉の世界の奥行きを感じました。先日の瀬田貞二氏の展示で、俳句をたしなまれていたことを知りました。翻訳や児童文学創作の世界における日本の短詩形文学(短歌や俳句)が語感の形成に果たす大きな役割を感じました。

 上田氏が引用された西行のたわむれ歌

・竹馬を杖にもけふはたのむかな 童(わらは)遊びを思ひでつつ
(子どもの頃に遊んだ竹馬は、今では杖として頼む身になってしまったなぁ)

・昔せし隠れ遊びになりなばや 片隅もとに寄り伏せりつつ
(昔のように隠れんぼをまたやりたい。今もあちこちの片隅で子どもが伏せて隠れているよ)

・恋しきをたはぶれられしそのかみのいはけなかりし折の心は
(恋しい思いをからかわれた、その昔のあどけなかった頃の心は、ああ)

・うなゐ子がすさみにならす麦笛のこゑにおどろく夏の昼臥し
(うない髪の子供が戯れに吹き鳴らす麦笛の音に、はっと目が覚める、夏の昼寝。)

 また、新訳の必要性、現代の子どもへの危惧、言葉の不思議、自らの翻訳人生を振り返りつつ語られる思いのひとつひとつに深く頷きました。時おり、紹介されるドイツ語の発音がとても流暢ですてきな響きでした。

 『彼の名はヤン』や『あのころはフリードリヒがいた』、『はてしない物語』の読後感を思い出しました。いずれも美しい日本語であったことは心に深く残っています。未読の本も読んでみたいです。

 

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