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2009年10月

2009年10月10日 (土)

梨木香歩著『家守綺譚』の植物アルバム

家守綺譚 Book 家守綺譚

著者:梨木 香歩
販売元:新潮社
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家守綺譚 (新潮文庫) Book 家守綺譚 (新潮文庫)

著者:梨木 香歩
販売元:新潮社
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 百年少し前の日本が舞台となった物語。
 主人公綿貫征四郎は、縁があって亡き友高堂の家守をすることになった。高堂家の北は山に面し、南は田圃に面している。山から田圃に向かって疎水が流れ、家の中に池がある。四季折々の植物に恵まれた環境の中で、新米知識人として物書きを生業とする綿貫征四郎は、河童や小鬼、白竜の子、桜鬼、聖母に出遭う。床の間の掛け軸の絵から、時折亡き親友高堂が現れる。
 綿貫に想いを寄せるサルスベリ、綿貫が踏み破った床から育ったカラスウリ、狸に化かされた後に届けられたマツタケに添えられていたホトトギスの花など、植物と綿貫を巡る28の綺譚集。

 28の植物の写真を眺めながら再読すると味わいが深い。例えば、高堂が床の間に落としていったセツブンソウ、鈴鹿の山の斜面一面に咲く花を知っていますか。「見慣れぬ純白の繊細な造りの花」「下界にまみれぬ、清澄な気配を辺りに放っている」と表現されているセツブンソウを知ると、綿貫の「成程これでは深山の奥にしか棲息できまい」と思う気持ちに深く共感できる。また、南蛮ギゼルも同様だ。「不思議な浮世離れした感じ」を好み、南蛮ギゼルが出て来たのを嬉しく思う綿貫の気持ちに少し近づけるような気がする。空間的にも時間的にも別次元の物語でありながら、28の植物が読者との接点として重要な役割を果たしていることを感じた。

 物語のクライマックスは、最終章の「葡萄」ではないだろうか。夢の中で湖の底とおぼしき広場にゆき、テーブルに置かれた葡萄の魅惑に負けずに、夢から現実へと戻ることができた綿貫征四郎。綿貫の物書きとしての成熟を予測させる夢であることを感じさせられる。親友の死を次なる作品の中で昇華できるのではないだろうかという期待感が心地良い読後感につながる。
 綿貫の元に時おり届く村田の土耳古からの便りも物語の世界に空間的な広がりを与え、続く作品『村田エフェンディ滞土録』への布石となっていて興味深い。現実に深く着地した世界から、読者をファンタジーの世界へと導くのが梨木作品の魅力ではないだろうか。28の植物のみならず、鬼の子や鳶を見て安んずる心性を持った主人公綿貫自身が読者をファンタジーの世界へ導くのに一役買っているように感じる。
 ワープロからパソコンへと進化した世界に生きながら、「ペンが進まない」というより、「筆が進まない」と云う方を好む綿貫の言葉に深い共感を覚える。100年経た私たちの魂も未だ旅の途上にあるのかもしれない。見返しの「白鷺」「巴の雪」の日本画も表紙もすばらしい。『家守綺譚』の中には、時代の進歩に齟齬を覚える魂に深い安らぎを与えてくれる時間が静かに流れている。心と体が疲れたとき、ふと読みたくなる一冊である。

追記:梨木香歩著『家守綺譚』の物語の世界をより深く味わうために「家守綺譚の植物アルバム」を作成しました。http://mothergoose-0510jp.cocolog-nifty.com/photos/nashikikahoshokubutsu/ (2009年2月15日)

追記2:「家守綺譚の植物アルバム」を閲覧してくださる皆様のため、過去記事を更新しました。(2009年10月10日)

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2009年10月 7日 (水)

(追記あり)16世紀のトルコを舞台とした深遠な冒険物語〜魂を満たし、歴史への関心や人間を超えるものへの洞察を促す良書  『青いチューリップ』

 2009年10月2日に聴講した「ヤングアダルト児童文学から世界が見える」の資料で『青いチューリップ』が紹介されていましたので、改めて書評をアップさせていただきました。

青いチューリップ (講談社文学の扉) Book 青いチューリップ (講談社文学の扉)

著者:新藤 悦子
販売元:講談社
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 クルディスタンの山の中腹に咲く青いチューリップは、クルディスタンに春を告げる花だ。「ラーレ、ラーレ、青いラーレ」と歌うのは、羊飼いの少年ネフィム、ラーレと呼ばれるのはチューリップ。原産地のトルコではラーレは赤い花だった。ネフィムは「青い」という言葉に力を込めて歌う。「大地が血で染まろうと、天空に咲くは青いラーレ」とどこからともなく、しゃがれた声が響いてきた。父親のカワとネフィム以外の誰も知らないはずの歌の続きだ。チューリップの群生の中に男が倒れていた。ネフィムは、あわててカワを呼びに行く。
 男の名は、バロ。オスマンの国の都イスタンブルからやってきた流れ者だ。時は16世紀、スルタン・スレイマン一世のオスマン・トルコの全盛の時代である。スルタンは、建築家のシナンに命じて、アヤソフィアを凌ぐモスクを建築することを計画している。クルディスタンの秘境で咲きほこる青いチューリップは、都では幻の花と言われている。スルタン・スレイマンがハレムの庭に欲しがっている花であることをバロは告げる。
 父親のカワとともに青いチューリップの球根を持って、聖地エユップに巡礼の旅に出たネフィムは、神学校の教授アーデムの屋敷に引き取られることになり、教授とともに青いチューリップの交配による品種改良を行うことになった。
 7年もの月日を費やして品種改良されたチューリップのアーモンド形の蕾から、青い花が開いた。宮廷の絵師頭シャー・クルーが「ペルシアの空の青だ」とうなる美しさ、目の覚めるような青、本物の青の中の青。妖しいほど美しい青であった。
 「ラーレ、ラーレ、青いラーレ」と歌いながら、病床から起きてきたアーデム教授の妻アイラは、ようやく咲いた3本の青いチューリップを引きちぎってしまった。一瞬のできごとだった。「青いラーレ」の歌は、アイラの母親であるライラの形見の歌だ。「こんな花、咲かせてはいけない。よからぬことが、かならず起こります。」とアイラは言う。
 アイラの言葉どおり、よからぬことが起こり始めた。

 ネフィムとその父親のカワ、アーデム教授とその妻アイラ、娘のラーレ、アイラの父でありラーレの祖父である宮廷の絵師頭シャー・クルー、シャー・クルーの亡き妻ライラ、シャー・クルーの弟子メフメット、アーデム教授の屋敷を守る乞食の頭のジェム、屋敷のお手伝いのセマ、山の長老団を率いる山賊の長カジェ…16世紀のトルコを生きた人々の青いラーレの歌と青いチユーリップを巡る冒険物語。中近東、特にトルコに造詣が深い作家新藤悦子さんが初めて書き下ろした児童書である。
 登場人物の一人一人が生き生きと描かれている。アヤソフィア、キャラバンサライ、スルタンの宮廷、辺境の地、巡礼の人々の様子、奴隷市、トルコの人々が愛したお菓子、キリム、シャフメーランの言い伝えなど、細やかな描写の中に、16世紀のトルコの生活が見事に甦っている。トルコのカッパドキア地方に留まり、中近東を旅し、中央アジアの遊牧民とともに過ごした作者ならではの語りではないだろうか。作者は、都イスタンブルより、辺境の地での貧しく、苦しい生活の中で力を合わせて生きている人々を語ることに多く筆を割いている。アーデム教授も青いチューリップの球根をスルタンには渡さなかった。幻の青を追うあまりに、目の前に咲く赤いチューリップが見えなくなるからだ。「文様にだって生命がある。目に映るものを、一度殺して、新たな生命を吹き込む、それが文様というものじゃ」という絵師頭シャー・クルーの言葉や、「パンは飢えを満たし、絵は魂を満たす。」という山の長老団の長カジェの父親の言葉が心に残る。天才建築家シナンへの興味や中近東の歴史への関心を促し、人間を超える偉大なものへの洞察を促す。児童書とは言え、大人まで味わうことができる深遠な冒険物語、魂を満たす良書ではないだろうか。

追記 本書は、2005年度に第38回日本児童文学者協会新人賞受賞しています。

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中近東の絨毯を巡る愛と幻想の物語 ~ 近年稀にみる美しい絵本としてお薦め!(新藤悦子著・こみねゆら絵)『空とぶじゅうたん』(ブッキング)

空とぶじゅうたん〈2〉 Book 空とぶじゅうたん〈2〉

著者:新藤 悦子
販売元:ブッキング
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空とぶじゅうたん〈1〉 Book 空とぶじゅうたん〈1〉

著者:新藤 悦子
販売元:ブッキング
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  『空とぶじゅうたん 1』、『空とぶじゅうたん 2』は、1996年に日本ヴォーグ社より刊行された同名書籍『空とぶじゅうたん』を定本に2006年10月にブッキングより復刊された絵本です。判型、装丁デザインを一新し2冊に分冊して刊行。復刊にあたっては、ストーリーはそのままでテキストの全面的な改稿がなされました。『青いチューリップ』にて2005年度第38回日本児童文学者協会新人賞を受賞した作者・新藤悦子氏の力量が感じられるリライトです。また、全ページフルカラーとして、より美しい絵本として蘇りました。

2004年5月に、私(まざあぐうす)が復刊ドットコムにリクエストを出し、2年越しの願いが叶って復刊した記念の絵本です。

 トルコやイランに残る言い伝えをもとに、新藤悦子氏のたぐい稀な創造力で織り上げられた愛と幻想の物語。『空とぶじゅうたん1』には、 「糸は翼になって」、 「消えたシャフメラーン」 、「砂漠をおよぐ魚 」の三篇が、『空とぶじゅうたん2』には、「ざくろの恋 」と「イスリムのながい旅」の二篇の物語が収められています。
 
 2冊の絵本を手にとって開いてみてください。絨毯にまつわる5つの物語に、こみねゆら氏のすばらしいイラストが添えられています。 各ページを囲む絨毯のイラストは、絨毯を織り上げている一本一本の糸をたどるかのように繊細に描かれています。ページを開くたびに、まるで自分が絨毯に座っているかのような感触を覚えます。丹精をこめて描かれたイラストが、読者であるあなたを物語の世界に深く誘います。

 近年稀に見る美しい絵本として、大人のあたなへも、また、お子さんへの読みきかせの絵本としても、力をつくしてお薦めします。

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追記 2009年2月28日 こちらのブログでご紹介いただいていることが分かり、大変うれしく思いました。

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2009年10月 2日 (金)

(追記あり)「ヤングアダルト児童文学から世界が見える」 第3回図書ボランティアフェスタ@あおば学校支援ネットワーク

 今日は、あおば学校支援ネットワークの第3回図書ボランティアフェスタのYA(ヤングアダルト)講座を聴講しました。講師は竹内より子さん(日本児童文学者協会国際部の副部長、オンライン小論文作文教室「言葉の森」講師、ブログ「ココナツ・カフェ」にて児童書についての情報収集発信とともにタイの児童文学に関する評論を多数書かれています)。

 テーマは、ヤングアダルト児童文学から世界が見えるでした。

 YAは児童書の中でも大人の本と子どもの本のかけ橋のような存在ですが、その中から、国際貢献、グローバルな視野をテーマとした本が紹介されて、大変興味深い内容でした。

  •  『草花とよばれた少女』(シンシア・カドハタ)(白水社)
  •  『ニンジャ×ガリレオ×ピラニア』(グレッグ・ライティック・スミス)(ポプラ社)
  •  『砂漠の国からフォーフォー』(中川なをみ)(くもん出版)

 この3冊が事前資料にて紹介されていましたので、読んでみました。1冊目は第二次世界大戦中の日系の女の子が花農家で健気に生きる姿や強制収容所に入れられてからのネイティブアメリカンの男の子と関わりが語られていました。日系の少女の姿を通して、日系移民のアメリカでの苦難の歴史を知らされる貴重な物語だと思いました。3冊目はニジェールに海外青年協力隊員として派遣された若い女性と現地の人々との関わりが語られていて、国際貢献とは・・・?ということを考えさせられる一冊でした。

 多くの出版物、特に、児童文学作品の中で、海外で過ごす日本人(日系人も含む)の姿が語られた作品を見出すのは至難の業ですので、講座を通して良書に出会えたこと、そして、台湾という国からグローバルな視野の作品を世界に向けて発信している絵本作家Jimmy Liaoさんの映像やタイのアニメーションやタイの作家(プラープダー・ユンさん)の対談の映像を観ることができて充実した2時間でした。参加者の皆さんの感想もそれぞれにユニークで時間が限られていることが残念に思われました。

 この講座に関しては講師の竹内より子さんが、ご自身のブログ「ココナツ・カフェ」に、その内容と感想をアップしてくださっています。下記をご参照ください。

 ・ヤングアダルト文学から世界を広げるという講座やってきました

 ・飛び出すタイ王室農業プロジェクト絵本!

草花とよばれた少女 Book 草花とよばれた少女

著者:シンシア カドハタ
販売元:白水社
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