『はせがわくん きらいや』~障がいをテーマとした児童文学作品の新たな可能性
主人公の「はせがわくん」は、絵本の作者である長谷川集平氏のこと。
「ぼくは、はせがわくんが、きらいです。はせがわくんといたら、おもしろくないです。なにしてもへたやし、かっこわるいです。はなたらすし、はあ、がたがたやし、てえとあしひょろひょろやし、めえどこむいとんかわからん。」
作者は、病弱でひ弱だった幼い頃の自分のことを、友達の目線で切り離して語っています。
「あの子は、赤ちゃんの時、ヒ素という毒のはいったミルクのんだの。それから、体こわしてしもたのよ。」と真実をありのままに語る母親、「はせがわくん泣かんときいな。わろうてみいな。もっと太りいな。」と心底願う友達、作者の故郷のことばが、リズミカルにあたたかい。中でも、「はせがわくん、きらいや」は独特の響き。そう言われるたびに、「はせがわくん」が生き生きと立ち上がって来る。「はせがわくん、きらいや」ということばが写し出す作者の人間としての尊厳と、その思いを反転するかのような友情、「あの子と仲ようしてやってね。」という母親の願いと負けず劣らず真に迫ることば。森永ヒ素ミルクの被害の真実やその家族、とくに母親の心情、被害児童を取り巻く子ども達、悲惨な真実が独特の手法と語りであっけらかんと明かされる。
墨で書きなぐったような手書きの素朴な文字、デフォルメされた子ども達…。
美しく整った絵本という概念を破って描かれた(書かれた)画期的な絵本として、1976年に出版された当時、「創作絵本新人賞・優秀賞」を受賞しています。しばらく絶版の時を経て、多くの人々の要望で復刊されました。1976年すばる書房初版の復刊です。その独特の手法と語りは、今もなお、斬新さを保ち、読者の心に迫る。
森永ヒ素ミルクの被害という社会的関心の薄いテーマの児童文学作品が多くの読者の関心と強い要望を得て復刊されたことに作者の並々ならぬ力量を感じると同時に、障がいをテーマとした児童文学作品にも様々な可能性があるのではないかという思いを強くしました。障がいをテーマとした良書が次から次へと絶版となってしまう現実に打ちひしがれることなく、新たな可能性を追求した作品の誕生を待ち望みたい、そんな希望を抱かせてくれた一冊です。
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はせがわくんきらいや 著者:長谷川 集平 |
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2011年10月21日、オンライン書店ビーケーワンの今週のオススメ書評に選ばれました。
書籍タイトル:はせがわくんきらいや
書評タイトル:障がいをテーマとした児童文学作品の新たな可能性
URL:http://www.bk1.jp/review/494819
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コメント
こんにちは。bk1の新着書評をみてこちらに来ました。
『はせがわくんきらいや』は衝撃的な絵本ですよね。私も初めてこの本を読んだ時、本を持つ手が震えそうでした。
まだ小学校低学年だった息子に読んであげたのですが、数日後、息子が「こそ~っと」この本を手に取り、これまた「こそ~っと」この本を開いていたのを目撃しました。私に読んでもらった時のもやもやした感情の正体を確認しようとしたのでしょうか。
子どもにとっても心に刺さるような衝撃があったのだろうと思います。
投稿: mieko | 2011年10月13日 (木) 08時52分
本当にこの絵本は衝撃的ですね。お子さんの反応が如実に示していますね。心の芯まで迫ってくる強くてあたたかいものを感じました。表現も語りも斬新で、存在価値のある絵本だと思います。復刊ドットコムの存在も。
コメントをいただきありがとうございます。
miekoさんのお弁当の本に関する書評も拝読しました。すてきな親子関係を感じました。また、続く書評も楽しみにしています。
投稿: 夏野いづみ | 2011年10月14日 (金) 08時28分