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2011年10月10日 (月)

だいじなのは、ヒルベルのような、病院や施設でくらさなくちゃならない病気の子どものことを、きみたちが知るということなんだよ。

  本書は「ヒルベルって、ほんとうに悪い子だよ。」というホーム(施設)の子ども達のことばで始まり、「あの子は、その後どうなったのかしら」とヒルベルを回想するマイヤー先生のことばで終わる物語。決して、ハッピーエンドではありません。
 主人公のヒルベルというのはあだ名で、本当の名まえはカルロットー。ドイツ語でヒルンは脳とか知能を、ヴィルベルは渦とか混乱を意味します。あだ名の通り、ヒルベルは脳に障がいを抱えていました。出産の時の外傷のために、原因不明の頭痛や発作を起こし、ことばもうまく話せません。父親は不明で、母親にも見捨てられて、町はずれにある施設に収容されている10歳の少年。
 施設から脱走したり、施設の管理人を困らせたり…、夜は裸のまま洋だんすの中に入って出て来なかったり…。手に負えないので、施設の中で「処置なし」とされています。そんなヒルベルをあたたかく見守ってくれる保母のマイヤー先生や親切なドクター、ヒルベルのために心理テストを施してくれる心理学者もいますが、ヒルベルはあくまでもヒルベルのまま変わりません。

 私は何度もこの物語を読みました。読むたびに作者であるヘルトリングの真摯な思いが心に迫ってきます。主人公のヒルベルも、物語も決してハッピーではないのに、なぜ、くり返し読むのか? それは、読み重ねるたびに、ヒルベルのような子どもの存在を知ってほしいというヘルトリングの強い願いが感じられるからです。また、その願いは、知的な障がいを抱えた娘の母親である私自身の願いとも重なり、私の切なる心の叫びを代弁してくれるかのように感じられるからかもしれません。

 ヒルベルの仕出かした特異な行動も、美しい声で讃美歌を歌う様子も、羊をライオンと信じて疑わず、羊の群れで一夜を明かすあり様も、ヘルトリングは淡々と語ります。ヒルベルの病名や障害名については一切語っていませんが、ヒルベルという子の長所も短所も鮮やかに浮き彫りにされています。また、ヒルベルをめぐる人々の反応もヒルベルの表情も目に浮かぶようです。
 社会から切り捨てられたヒルベルのような存在を知らないまま大人になっていく子どもたちがほとんどです。ヘルトリングは子ども達を信頼して、どうか、ヒルベルのような子どもを知ってほしいと願っています。物語の行間に、読者となるであろう子どもたちへの信頼が感じられます。それと同時に、ヒルベルという子に対する不動の信頼が感じられました。ヒルベルには、ヒルベルなりの知恵があり、ヒルベルなりにしっかり生きているのだと。ヒルベルへの同情や憐みは微塵も感じられません。<だいじなのは、ヒルベルのような、病院や施設でくらさなくちゃならない病気の子どものことを、きみたちが知るということなんだよ。>というヘルトリングの声が心の芯まで響く物語です。
 原作は1973年に刊行されていますが、少しも古びない物語です。翻訳者である上田真而子氏の美しくリズミカルな日本語訳も見逃せません。文庫版のしおり『「ヒルベルという子がいた」を読んで感じたこと』という河合準雄氏の16ページに及ぶ感想も圧巻です。本書の物語のより深い理解を促してくれます。

ヒルベルという子がいた (偕成社文庫) Book ヒルベルという子がいた (偕成社文庫)

著者:ペーター ヘルトリング
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