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2013年5月

2013年5月 6日 (月)

絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2012年8月正会員ゼミ「『無思想の発見』を読む」 講師佐々木玲仁

 NPO法人絵本・児童文学研究センターの2012年8月正会員ゼミ<「『無思想の発見』を読む」 講師佐々木玲仁>のレポートで、正会員月間レポート賞をいただきました。お読みいただけるとうれしいです。

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 今月のゼミが養老孟司著『無思想の発見』であることを知り、読み始めたものの、書かれていることばが、手のひらから砂がこぼれおちるように自分の脳裏をすり抜けていき、読み進めることができなかった。書かれていることばはやさしいけれど、その示す内容の掴みどころがなく、わかりそうで、わからないという何とももどかしい思いを味わい、読み止しておいた。

そして、佐々木ゼミをDVDで聴講。「『無思想の発見』のブックトーク」と銘打って始められた、その内容が実にわかりやすかった。第1~4章のテーマが「自分って本当にあるのか?」というものであること、そのテーマが「意識は続いているのか?」という問い、また、「記憶はつながっているのか(一貫しているのか)?」という2つの問いを通して語られているということの解説までを聴き、感じるところがあって、DVDを止め、読み止しの本書を初めから読みなおした。すると、「無思想」とは思想におけるゼロの発見であるということが、ストンと腑に落ちた。

五章の始めまでを読み終え、またDVDを初めから聴きなおした。佐々木先生のカウンセリングにおける母子並行面接で母と子の間に事実関係の相違が生じるという実感から、記憶とは過去の事実ではなく、その人がどのように過去を思い出しているかであり、記憶はあてにならないということが述べられ、意識は続いているのか? また、記憶はつながっているのか?という本書の問いに対する具体的な内容の答えが提示され、本書の理解をさらに深めることができた。

「無思想」が「思想」におけるゼロであることに続いて、本書では「どうしたら、無思想を維持できるのか?」について述べられている。現実は感覚世界に属し、思想は概念世界に属する。感覚を研ぎ澄ませれば、違いが際立ち、概念は同じであることを追求するゆえ、無思想を成立させてきた世間が機能しなくなってきた現在、いかに無思想を維持できるかは、個々人が自分の感覚といかに向き合うかにかかっているということにかかっているという。本書の著者である養老孟司氏は、無思想を維持するのは世間ではなく、また、概念世界でもなく、感覚世界を意識的に直視していくことにかかっていると結論づけている。

佐々木氏は、昨今の発達障害や過去の解離性障害、境界性人格障害の例をあげて、心理の世界における概念化、つまり、診断の困難や問題性を述べ、カウンセリングにおける感覚世界の大切さを述べているが、自分自身の人生においても、頭で考えて決断したことより、直観に従って行動したことの方が納得のいく結果となっていることを感じていた。佐々木氏のブックトークを聴講したことで、論理的な思考で読み始め、掴みどころがなかった本書を感覚的に受け止めることができた。これからの人生、自分の感覚を信じて生きていくことができそうだ。(文責:吉村眞由美 児童図書相談士1級) 絵本・児童文学研究センター 正会員月間レポート賞 

 

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絵本・児童文学研究センター正会員月間レポート賞:2012年5月正会員ゼミ「アメリカ絵本の黄金期」Ⅱマージョリー・フラック 講師工藤左千夫

 

NPO法人絵本・児童文学研究センターの2012年5月正会員ゼミ<「アメリカ絵本の黄金期」Ⅱマージョリー・フラック 講師工藤左千夫>のレポートで、正会員月間レポート賞をいただきました。お読みいただけるとうれしいです。

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 ワンダ・ガアグに関する先月のゼミに続いて、今月のゼミではマージョリー・フラックの作品の魅力が紐解かれた。1930年『アンガスとあひる』(福音館書店)の出版以来、次々と子どもの本を生み出したマージョリー・フラックは、ニューヨーク州ロングアイランド、グリーンポートの生まれ。アート・スチューデンツ・リーグで学び、挿絵画家となった。1958年没、アメリカの絵本の黄金時代の基礎を共に築いたワンダ・ガアグより、12年ほど長く生きている。
 ボヘミアからの移民である両親から生まれたガアグ、そして、スコットランド出身の両親から生まれたフラック。ガアグの作品にはストーリーの中に、ヨーロッパの民話が、そして、ガアグの作品にはスコットランドのアンガス地方やスコッチテリアという犬種にスコットランドの風土が感じられる。
 娘に毎夜語ったお話を基にして描かれた『おかあさんだいすき』(岩波書店)や犬のアンガスを主人公として描かれたアンガスシリーズ、イースターのうさぎを主人公として描かれた『ふわふわしっぽと小さな金のくつ』(PARCO出版) や中国帰りの知人の話を基に描いた揚子江のアヒルの話『あひるのピンのぼうけん』(瑞雲舎)・・・ フラックの作品は、モデルが全て実在であり、実際に起きた事柄を基に描かれている。そのため、物語のリアリティが高い。とりわけ、アンガスシリーズは、終始犬のアンガスの視線で描かれており、自分の目線とアンガスの目線と複眼的に味わうことができる。
 
 フラックの絵本は幼児の読み聞かせの絵本として最適であると評価されている。簡潔な文と明瞭な輪郭線に水色や黄色の色彩を配色した絵で描かれたフラックの絵本は、文と色彩の両者が緊密に絡み合い単純なメリハリのきいたストーリーが展開されており、子どもたちは、テンポよく、好奇心を満たされながら、安心して、その世界を楽しむことができる。
 ガアグ、そして、フラックというアメリカの絵本の黄金期を築き、後の絵本に大きな影響を与えた作品を味わいながら、心あたたまる一方で、今、現実の社会で起きている中学生のいじめによる自殺の問題が頭を離れなかった。1980年代後半に起きた中野富士見中学校のいじめでは、教室で葬式ごっこが行われ、先生までもが加担していたと報告されている。以降、いじめの問題は絶えることなく、陰湿化、凶悪化の一途をたどっている。もし、彼らが幼い頃、ガアグやフラックの作品に触れていたら・・・との思いが過ぎる。
 子犬のアンガスの視線で庭を歩き、アヒルを追いかけ、アヒルに追われ、迷子になったり、ねこを追い回したり、ねこといっしょにご飯を食べたり・・・、幼い心で、不安や孤独感、喜びや悲しみを間接体験していたら、決して、大切な友達に危害を加えたり、脅したりしないだろう。
 思春期特有のフラストレーションや孤独感や不安感から、誰しもアイデンティティの危機に陥る。とりわけ、抽象言語が乏しい子どもたちは思春期になってにわかに複雑になってくる自分の心理をことばにできず、その解決の糸口が見いだせない。憤懣やる方ないエネルギーが負のベクトルを持ち、いじめのような行為に及ぶのだろう。しかし、自殺を強要するような行為は、凶悪な犯罪だ。いじめを通り越した劣悪な行為が、子ども達の間で起きているという現実を深刻に受け止めたい。
 学校に警察権力が入ることや、校則や法律の厳格化が検討されているようだが、規制だけではいじめはなくならないのではないか。今こそ、子どもたちへの絵本の読み聞かせを推奨したい。そして、学童期の子ども達には、学校単位で読書運動に取り組んでほしいと思う。学校司書や児童図書相談士のようなアドバイザーの配置を子ども達のために切実に求めたい。世界的なロングセラーとなっているガアグやフラックの作品に触れて、幼い頃から豊かな感性を育むことが今、最も必要とされていることではないかと思った。(文責:吉村眞由美 児童図書相談士1級) 絵本・児童文学研究センター 正会員月間レポート賞 

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