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2021年2月11日 (木)

久しぶりに児童書を読んでいます。まずは、昔話『かさじぞう』からです。

 「ほのぼの文庫」を訪れてくださり、ありがとうございます。

 本業多忙のため、ブログの更新ができずにいましたが、また、児童書を読む機会を得ています。引き続き、よろしくお願い致します。

 久しぶりに手にしたのは、福音館書店の絵本『かさじぞう』です。

 

 『かさじぞう』は、『六地蔵』として知られている日本の昔話である。様々な再話で知られているが、瀬田貞二の再話による福音館書店の絵本では、「編み笠を作って暮らしているじいさんが、正月の餅を買うために、笠を五つ持って町に売りに出かけるが、さっぱり売れない。そのうちに日が暮れて雪も降ってきたので、しかたなく家に戻る。その途中で、野原に立っている六体のお地蔵さまに雪が積もっているのを見て、売れ残った笠5つと自分の笠まで、持っていた笠を全部かぶせてあげた。翌朝、どこからか橇引きの声が聞こえ、餅などの食べ物が届けられる。」というストーリーになっている。
 

 赤羽末吉画伯が最初に手掛けた絵本である。白い雪の風景が大胆な線で描かれており、ところどころに差し込まれた青や緑や赤や黄色に雪までもが生命観を持って迫ってくる力作である。正月を前に子どもたちに読み聞かせをすると、ページをめくるたびに食い入るように絵を見つめていた。大晦日の夜、老夫婦のもとに六体のお地蔵さんが餅を届けに来るという物語の結末に、絵本の読み手と聞き手である子どもたちの間にあたたかい空気が満ちる。子どもたちに伝承したい日本屈指の名作絵本である。
 

 編み笠の数は5つであったり、7つであったり、また、お地蔵さんの数やお地蔵さんに会うのが行きであったり帰り道であったり再話により違いがあるようだが、おじいさんの私利私欲を超越した無垢な行為に心温まる物語である。小学校でも国語や道徳の教科書に採用され、子どもたちにやさしさや思いやりについて考えさせる昔話として親しまれているが、子どもたちだけでなく、あらゆる年代に訴えかける昔話でもある。
ユング派精神分析医アラン・B・チネンの『成熟のための心理童話 喜びと力をとりもどす15の物語』でも取り上げられているが、老年期の人生の課題に焦点を絞って再読すると深い洞察を秘めた物語として心に迫るものがある。

 貧しい老夫婦は、餅を買うお金が得られない。雪で寒さが極まっている。年を越すお金も食べ物も乏しい。貧しさと寒さの中で、お地蔵さんは子供たちの守り神であるから、おじいさんにとっては餅よりも大切にすべき存在だった。おばあさんもそれをよしとしている。
社会的規範からは愚かしい行為をしているように見えるが、餅を買うために作った編み笠を路傍のお地蔵さんにかぶせてしまった老人の行為は、子供っぽくはない。おじいさんは一応、村で笠を売ることを試みた上で、売れ残った笠をお地蔵さんにかぶせている。子供のような自発性と成熟した実用性に裏付けられた「無垢」な行為であり、富を拒絶した行為でもある。
 

 アニミズムという視点からも、おじいさんの行為は、六体のお地蔵さんがさも生きているかのように語りかけている。友人や家族だけでなく、動物や植物、物までもかけがえのない存在として体験することができる神秘的な体験である。結末では、雪の中、冷たく立っていた六体のお地蔵さんが生き物になる。いかに貧しく、厳しい人生でも、再生の機会が残されているという希望が与えられる。
餅という食べ物に関して、おじいさんとおばあさんは、単にお正月の餅が食べたいという意味で餅を欲しがっていたわけではない。年神様に供える餅を求めていたのだ。二人の無垢な思いが、結末で叶い、神聖な存在と結びついている。
 

 年齢を重ねるにつれて、親兄弟、親類縁者、友人知人を亡くし、気力、体力も衰えていく。老年期は、喪失の体験が重なる中で、喪失とどう向き合い、凌いでいくかが問われる。そんな中で、昔話は、私利私欲を超えた「無垢」やアニミズムによる神秘的な体験、再生、若返り、神聖な存在との結びつきという、若いころには得られなかった体験を与えてくれる。現実のごくささいな、ありふれたものを肯定して受け入れ、失われた過去や未来へのあこがれから解放され、ありのままに今の人生を受け入れることで、実際的な合理性と社会規範を超越することができるのかもしれない。昔話は啓示に満ちている。生きる希望が与えられた。

 

 

 

 

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