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2021年3月

2021年3月21日 (日)

『鬼の橋』~読むたびに味わいが深まる歴史ファンタジー

 「ほのぼの文庫」を訪れてくださり、ありがとうございます。

 本業多忙のため、ブログの更新ができずにいましたが、また、児童書を読む機会を得ています。引き続き、よろしくお願い致します。

 今日は、伊藤遊著『鬼の橋』を再読しました。


 『鬼の橋』は第3回児童文学ファンタジー大賞の大賞受賞作品である。1997年度に大賞受賞後、翌年10月に福音館書店から初版が出版されている。物語の舞台は平安時代の京都、主人公は、妹を亡くし失意の日々を送る少年篁である。ある日妹が落ちた古井戸から冥界の入り口へと迷い込む。そこでは、すでに死んだはずの征夷大将軍坂上田村麻呂が、いまだあの世への橋を渡れないまま、鬼から都を護っていた。
 妹の死への負い目を背負い、大人になれない篁、両親に死に別れ、深い孤独を抱えて生きている阿子那、人を無惨に食い殺すという悪行を重ねてきた鬼の非天丸、三人が平安の世で、ある橋を通して出会い、それぞれの負い目や過去の罪や孤独感を乗り越えて生きていく。小野篁を中心とした物語であるが、阿子那と非天丸の関係抜きには語れない物語である。
小野篁や坂上田村麻呂という実在の人物を登場させることを通して、読者は平安時代にまつわる様々なイメージを喚起しながら、物語世界に入ることができる。確固たる時代考証に裏付けられており、平安時代の精神を巧みに描き出している。篁、阿子那、非天丸の三者がそれぞれの物語を生きている。それぞれの物語が、作者の心の闇のフィルターを通して描かれているため、読者の心に響く。
 橋について考えさせられる作品でもある。非天丸が「橋はあると思えばある、ないと思えばない。」という。橋は本来つながっていない場所をつなぐものであり、境界線上にある。篁が蹴り飛ばした橋は、父である岑守を象徴しているのではないか。自分に元服を強い、妹の存在を忘れるように言い、篁の抱える心の負い目に寄り添おうとはしない冷徹な父、そんな父を篁は敬いつつ、疎ましく思っていた。篁も父の心に寄り添えなかった。しかし、橋を通して、阿子那や非天丸と出会い、あの世の橋を通して、坂上田村麻呂と出会い、この世の橋の大切さを理解するようになり、父の心に寄り添ってゆく。
 阿子那にとって、また、非天丸にとっての橋は...。かつての友を追い切れず、あの世の橋の手前で泣いている坂上田村麻呂の姿が印象に残る。田村麻呂は、日本初の征夷大将軍であり、蝦夷の英雄、阿弓流為との対決や鬼退治の英雄として語り継がれている。歴史上の英雄である田村麻呂が一人寂しく泣く姿に、人間誰もが抱えている潜在的な不安感や疎外感や孤独感が象徴されている。そんな弱さを抱えて生きているのが人間なのだ。『鬼の橋』は読むたびに味わいが深まる作品だ。

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『しまふくろうのみずうみ』~幼児から大人まで魂を揺さぶるような感動を与える美しい絵本

 「ほのぼの文庫」を訪れてくださり、ありがとうございます。

 

 本業多忙のため、ブログの更新ができずにいましたが、また、児童書を読む機会を得ています。引き続き、よろしくお願い致します。

 

 久しぶりに昔話の『かさじぞう』を読んだあと、絵本を再読しています。今日は、北海道在住の版画家手島圭三郎氏の『しまふくろうのみずうみ』を紹介させていただきます。

 

 

 『しまふくろうのみずうみ』は、北海道在住の版画家手島圭三郎氏が初めて手掛けた絵本である。
 北海道の深い山奥の誰も知らない湖を舞台として描かれている。獣たちが寝静まった頃、しまふくろうの親子が登場し、子どものために夜明けまで何度も交代で魚を捕りに行くお父さんとお母さんの姿が版画を通して、力強く再現されている。
 自然界の中で生きる糧を得ることは至難の業である。餌が見つからず、木に止まって体を休めるお父さん、そして、お腹を空かせて鳴く子ども、お母さんの鳴き声も響く。その声に勇気を得たかのように再び飛び立つお父さんが獲物を捕る場面では、羽を広げる音や水の音、魚が跳ねる音が絵本の中から聞こえてくるような迫力を持って描かれている。魚を捕った後に生じる湖面の波紋が美しく、心に安らぎをもたらすのも特徴である。
 手島氏は、北海道オホーツク沿岸の紋別市に生まれ、国鉄職員の父の転勤により、網走管内の村や集落で暮らしてきた。北の厳しい自然の中で育ち、幼いころから絵を描くことを好み、自然の中で昆虫や魚や虫と戯れる孤独な遊びを好んだ。成人して中学の美術教師となり、油絵を描く画家から木版画を彫る版画家に転向し、42歳の時に版画の創作に専念するために教師の職を自ら辞する。
 最初に、氏の版画に絵本の可能性を見い出したのは、編集者の松居友氏であった。氏が日本版画協会展に出品していた作品-湖を背景に月あかりの中を飛ぶシマフクロウの姿に感動し、絵本の作成を依頼した。松居氏のねらいは、幼児から大人まで読める絵本であった。従来の絵本の世界の動物は、中身が皆、人間である。松居氏は、これまでの童画を打ち破るような原始的な世界を描いてほしいと願い出た。そのような経緯で『しまふくろうのみずうみ』が出版の運びとなった。児童文学の世界からは、子どもの眼を通してみたものを表現していくべきではないかとの厳しい批判が出たが、そうした批判をよそに、デビュー作にして日本絵本賞を受賞している。
 自然の厳しさとしまふくろうの父親の力強さ、自然が見せる安らぎとしまふくろうの母親の存在、絵本の中で、父性と母性が調和して、しまふくろうの親子のあたたかい営みが感じられる絵本である。幼児から大人まで魂を揺さぶるような感動を与える美しい絵本である。

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