002 宮澤賢治

2009年2月 1日 (日)

宮澤賢治の童話お薦め No. 3  『雪渡り』人の子と狐たちの出会いが美しく描かれた絵本

 「雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板で出来ているらしいのです。」という一文に始まる宮澤賢治の『雪渡り』、絵本を開くと一面の雪の原がうっすらと青く、そして、七色の虹のような光を帯びて輝いています。
 
 たかしたかこさんの描く雪の清らかなまぶしさが、四郎とかん子と 小狐紺三郎が出会う世界へと導いてくれます。狐と出会った四郎はかん子をかばって「狐こんこん白狐、お嫁ほしけりゃ、とってやろよ。」と叫びます。「四郎はしんこ、かん子はかんこ、おらはお嫁はいらないよ。」と応じる小狐の紺三郎…宮澤賢治の語りがリズミカルに進みます。
 二人はキックキックトントンと紺三郎の歌に釣られるように踊り始めました。四郎もかん子も歌います。三人は踊りながら、歌いながら林の中に入ってゆきました。
「雪が柔らかになるといけませんから、もうお帰りなさい。今度月夜に雪が凍ったら、きっとおいでください。さっきの幻燈をやりますから。」言う小狐紺三郎。十一歳以下の子ども達だけが招待される狐の幻燈会…それは、「きつねは人をだます」という常識を覆す楽しい催しでした。

 清らかな雪の原を舞台に人の子と狐たちの交歓を描いた宮澤賢治の幻想童話、その中に人間の偏見に耐えて生きるものへの賢治の温かいまなざしを感じるのは私だけでしょうか。たかしたかこさんが描く清らかな雪は、そんな賢治の思いを映し出しているかのように感じられます。
 純粋であるがゆえに世に在り難かった宮澤賢治の短い命を思います。賢治の心を映し出すかのように描くたかしたかこさんの自然を通して、賢治の物語の世界に入ってみませんか。人の子と狐たちの出会いが美しく描かれた絵本です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宮澤賢治の童話お薦め No. 2 『竜のはなし』(『手紙一』)

 むかし、あるところに住んでいた一匹の竜は、力が強く、恐ろしく、激しい毒を持っていました。竜を見たあらゆる生き物は、見ただけで気を失ってしまったり、毒気にあって死んでしまうほどでした。あるとき、その竜が、良い心を起こして、もう悪いことはしないと誓いました。

 その後の竜の生き様(死に様)は、体中の皮膚がひりひりするほど心身に堪えます。わずか22ページ、言葉数も少ない絵本ですが、皮膚感覚として、また、視覚的に非常に衝撃的な印象を残します。宮澤賢治のファンの一人として、「賢治さんが伝えたかったことの核ではないだろうか」と直感的に思いました。

 戸田幸四郎さんの絵に渾身のパワーを感じます。戸田さんは「あとがき」で「生きものを愛し自然を愛し、まことの道のために、生きつらぬいた賢治の思想の大事な一面を端的に浮き彫りにしている作品ではないでしょうか。」と述べています。
Photo_2  宮澤賢治の世界は、一面的なアプローチでは理解が届かないほど深遠な世界です。戸田さんは「賢治の思想の大事な一面」そして「現代社会にこそとりもどさなければならない賢治の精神」として、『竜のはなし』を描いています。
 一冊の絵本を描くために、どれだけのエネルギーと資料を駆使されたことであろうか…戸田さんの目に見えない努力に思いを馳せました。宮澤賢治作品集の中では『手紙一』という題名だった作品を『竜のはなし』と改題して絵本化した戸田幸四郎さんのただならぬ気迫を感じる絵本です。

 「わが愛する幼な子たちを、情熱的に育もうとしている若きお母さんたちに心をこめて申し上げたい。」と呼びかけて、児童文学者の花岡大学さんが語る『絵本の解説「賢治童話」の「やさしい心」』に心を打たれました。
 花岡さんは、賢治が文学化しようとして書き続けた精神を「あるべき精神」や「捨身の心」、「やさしい心」として分かりやすい言葉に置き換えています。そして、『竜のはなし』をすべてのものを文学的に受け取るナイーブな、やわらかさを持った幼児期にこそ読むべき絵本として推奨しています。
 「このあまりに類書ない宮澤賢治の絵本をとりあげ、その作品のなかにみなぎる「やさしい心」のなんたるかを、幼児たちと、いっしょにめんめんと話し合いながらまちがいなく、つかみとっていただきたい」と力説する花岡大学さんの言葉が私の心の奥底まで響きました。

 この絵本には、まず大人である私たちが自分の人生(生き様)をかけて、また精神作業をかけて向き合うべきでしょう。その人の生き様は、死に様に通じるとも言われています。「このおはなしはおとぎばなしではありません。」という賢治さんの声が聞こえてきそうです。
 ナイーブな心を持った子ども達の方が、この絵本の良き理解者であるかもしれません。子ども達と話し合いながら、子ども達から教えれられることも多いのではないでしょうか。大人である私たちも真っ白な心で向き合うべき絵本だと感じます。今の日本に欠けている大切なものを教えてくれる類書ない絵本としてお勧めの一冊です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

宮沢賢治の童話のお薦め No. 1 『虔十公園林』

 「好きな作歌は?」と問われたとき、真っ先に浮かぶのが宮澤賢治、そして、アンデルセン。折に触れてくり返し読んでいます。賢治の詩は難解ですが、童話はやさしく、あたたかく、国籍不明のあたたかさに満ちているように感じます。

 賢治の童話で好きなベスト3のひとつは、『虔十公園林』です。賢治童話は、小林敏也さんの画本・宮澤賢治シリーズ  15巻セットがお薦めですが、『虔十公園林』は伊藤亘氏のペーパーレリーフ作品をお薦めします。

 杉の黒い立派な緑、さわやかな匂い、夏のすずしい陰、月光色の芝生。「虔十公園林」は、虔十が杉の木を植えてから何十年もの月日が流れた今も、雨が降っては、すき徹る冷たい雫を、みじかい草にポタリポタリと落とし、お日さまが輝いては、新しい奇麗な空気をさわやかに吐き出しています。

 虔十が亡くなり、村に鉄道が通り、瀬戸物の工場や製糸工場が出来ました。畑や田が潰れて家が建ち並びました。村がすっかり変わってしまっても、虔十が植えた杉の木の列だけは立派に残りました。
 虔十が植えた杉の木の列に、『虔十公園林』と名づけた博士が昔を思いだしながら、「虔十という人は少し足りないと私らは思っていたのです。いつでもはあはあと笑って歩いている人でした。毎日丁度この辺に立って私らの遊ぶのを見ていたのです。この杉もみんなその人が植えたのだそうです。ああ、全く誰が賢く誰が賢くないかは分かりません。ただ、どこまでも十力の作用は不思議です。ここはもういつまでも子供たちの美しい公園です。」と語ります。十力とは、仏教用語で、「仏に特有な10種の智力のこと」、その測り知れない力が働いた虔十とは・・・。
 いつも縄の帯をしめて、笑いながら、杜の中や畑の間をゆっくり歩いている虔十、子ども達に馬鹿にされてはあはあ息だけついてごまかしながら笑う虔十、一生懸命に穴を掘り、兄さんの言う通りに苗を植える虔十、人の悪い平二に反対されても杉の苗を育て続ける虔十、無心に杉の木の枝打ちをする虔十、枝打ちをした杉の列に集まる子ども達を隠れて見ている虔十・・・私は、この話を読むたびに、心の底から暖かくなるのを感じます。最も無力なものに、最も大きな力が働くことを感じるからです。

 伊藤亘氏のペーパーレリーフによって描かれた虔十は、まるで仏像のようです。自らの名を「ケンジュウ」と表記することもあった宮澤賢治が理想とする人間像を伊藤亘氏のペーパーレリーフ作品を通して味わってみてはいかがでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宮澤賢治童話お薦め No. 4 たかしたかこさんのやさしい色彩の絵の中で、美しく昇華された賢治の死生観や宇宙観を感じてみませんか。

「うずのしゅげを知っていますか。」という語りで始まる宮澤賢治の『おきなぐさ』の物語です。「おきなぐさ」と呼ばれる「うずのしゅげ」を見たことのない私は、この絵本を開いて、その花の美しさにすっかり見入ってしまいました。
 「ごらんなさい。この花は黒繻子ででもこしらえた変わり型のコップのように見えますが、その黒いのは、たとえば葡萄酒が黒く見えるのと同じです。」という賢治の語りに、私の想像力が及ばなかった微妙な色合いや蟻と語り合う花びらの動きが繊細に描かれています。

 賢治は、自然の中の草花や小さな生き物から言葉を聞くことができる不思議な能力の持ち主でした。小岩井農場の七ツ森のいちばん西のはずれの西側の枯れ草の中に咲く二本の「うずのしゅげ」の言葉に耳を傾けています。
 「お日さまは何べんも雲にかくされて銀の鏡のように白く光ったり、又かがやいて大きな宝石のように蒼ぞらの淵にかかったりしました。」と雲や空の動きを詩的に語り、「その変幻の光の奇術の中で、夢よりもしずかにはなしました。」と賢治の語りは続きます。
 「変幻の光の奇術」の空の光と雲と小岩井農場の西の果ての風景が虹のような美しい色合いで描かれていて、賢治の世界にすっぽりと浸ってしまうことができそうです。
 雲を見ながら、雲のようすを語り合う「うずのしゅげ」、そこへ一匹の雲雀がやってきます。雲雀と語り合う「うずのしゅげ」、それから二ヵ月後の「うずのしゅげ」は、すっかりふさふさした銀の房になっていました。
 「どうです。飛んでゆくのはいやですか。」と問う雲雀に「なんともありません。僕たちの仕事はもう済んだんです。」と答える「うずのしゅげ」の銀の房。
「…飛んだってどこへ行ったって、野はらはお日さんのひかりで一杯ですよ。僕たちばらばらになろうたって、どこかのたまり水の上に落ちようたって、お日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ。」という「うずのしゅげ」。
 「うずのしゅげ」は、奇麗なすきとおった風とともに北の方へ飛んでゆきました。さて、賢治の語る「うずのしゅげ」は、それからどうなったのでしょうか。
 
 賢治の作品は、間口が狭いと感じることがたびたびあります。その狭い間口を見つけてもすんなり入っていけるわけではありませんが、絵の力によって、賢治の語る世界に入ることができることを知らされました。

 賢治の死生観や宇宙観が、『おきなぐさ/いちょうの実』という短い物語の中にちりばめられていることを感じます。たかしたかこさんのやさしい色彩の絵の中で、美しく昇華された賢治の死生観や宇宙観を感じてみませんか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

001 アンデルセン 002 宮澤賢治 003 ターシャ・テューダー 004 新藤悦子 005 梨木香歩 006 ジミー・リャオ 007 赤羽末吉 009 エム・ナマエ 010 江國香織 011 中脇初枝 013 いもとようこ 014 こみねゆら 015 荒井良二 016 ケイト・ディカミロ 017 三田誠広 018 モンゴメリ 019 はせみつこ 020 アンネ・フランク 021 アン・グットマン&ゲオルグ・ハレンスレーベン 022 日野多香子先生 111 ほのぼの日記(読書日記) <お正月の絵本> <クリスマスの絵本・童話> <グリム童話> <ファンタジー> <一般書> <児童文学作品> <十二支の絵本> <大人の絵本> <思い出の絵本> <昔話、民話> <絵本> <障害をテーマとした児童文学作品> <韓国の絵本・童話> [命、死、魂] [宗教] [性、愛] [戦争と平和] [歴史] [老い] [言葉 コミュニケーション] ■bk1今週のオススメ書評採用 『お月さん、とんでるね 点頭てんかんの娘と共に生きて』 おすすめサイト お菓子 はじめに アンネのバラ シリーズ ほるぷクラシック絵本 シリーズ 源平絵巻物語 マザーグース ユング心理学 事典、辞典 児童図書相談士 児童文学創作入門講座 地球交響曲 展示会情報 復刊ドットコム 映画・テレビ 演劇公演 目黒川の桜 絵本論、ガイドブック 英語 読み聞かせ 講演会