005 梨木香歩

2011年7月27日 (水)

久しぶりの読書と映画鑑賞

 諸事情で転居しました。

 娘、息子、自分の引っ越しを終え、ようやく荷物整理が終わり、ネットの環境も整いました。久しぶりの読書は、新藤悦子著『ロップのふしぎな髪かざり』、そして、映画鑑賞は『西の魔女が死んだ』。

 どちらも魂というものを感じる物語。引っ越しで疲れた心と体が洗われるようでした。

 新藤悦子さんの新作、お薦めします。

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2009年10月10日 (土)

梨木香歩著『家守綺譚』の植物アルバム

家守綺譚 Book 家守綺譚

著者:梨木 香歩
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

家守綺譚 (新潮文庫) Book 家守綺譚 (新潮文庫)

著者:梨木 香歩
販売元:新潮社
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 百年少し前の日本が舞台となった物語。
 主人公綿貫征四郎は、縁があって亡き友高堂の家守をすることになった。高堂家の北は山に面し、南は田圃に面している。山から田圃に向かって疎水が流れ、家の中に池がある。四季折々の植物に恵まれた環境の中で、新米知識人として物書きを生業とする綿貫征四郎は、河童や小鬼、白竜の子、桜鬼、聖母に出遭う。床の間の掛け軸の絵から、時折亡き親友高堂が現れる。
 綿貫に想いを寄せるサルスベリ、綿貫が踏み破った床から育ったカラスウリ、狸に化かされた後に届けられたマツタケに添えられていたホトトギスの花など、植物と綿貫を巡る28の綺譚集。

 28の植物の写真を眺めながら再読すると味わいが深い。例えば、高堂が床の間に落としていったセツブンソウ、鈴鹿の山の斜面一面に咲く花を知っていますか。「見慣れぬ純白の繊細な造りの花」「下界にまみれぬ、清澄な気配を辺りに放っている」と表現されているセツブンソウを知ると、綿貫の「成程これでは深山の奥にしか棲息できまい」と思う気持ちに深く共感できる。また、南蛮ギゼルも同様だ。「不思議な浮世離れした感じ」を好み、南蛮ギゼルが出て来たのを嬉しく思う綿貫の気持ちに少し近づけるような気がする。空間的にも時間的にも別次元の物語でありながら、28の植物が読者との接点として重要な役割を果たしていることを感じた。

 物語のクライマックスは、最終章の「葡萄」ではないだろうか。夢の中で湖の底とおぼしき広場にゆき、テーブルに置かれた葡萄の魅惑に負けずに、夢から現実へと戻ることができた綿貫征四郎。綿貫の物書きとしての成熟を予測させる夢であることを感じさせられる。親友の死を次なる作品の中で昇華できるのではないだろうかという期待感が心地良い読後感につながる。
 綿貫の元に時おり届く村田の土耳古からの便りも物語の世界に空間的な広がりを与え、続く作品『村田エフェンディ滞土録』への布石となっていて興味深い。現実に深く着地した世界から、読者をファンタジーの世界へと導くのが梨木作品の魅力ではないだろうか。28の植物のみならず、鬼の子や鳶を見て安んずる心性を持った主人公綿貫自身が読者をファンタジーの世界へ導くのに一役買っているように感じる。
 ワープロからパソコンへと進化した世界に生きながら、「ペンが進まない」というより、「筆が進まない」と云う方を好む綿貫の言葉に深い共感を覚える。100年経た私たちの魂も未だ旅の途上にあるのかもしれない。見返しの「白鷺」「巴の雪」の日本画も表紙もすばらしい。『家守綺譚』の中には、時代の進歩に齟齬を覚える魂に深い安らぎを与えてくれる時間が静かに流れている。心と体が疲れたとき、ふと読みたくなる一冊である。

追記:梨木香歩著『家守綺譚』の物語の世界をより深く味わうために「家守綺譚の植物アルバム」を作成しました。http://mothergoose-0510jp.cocolog-nifty.com/photos/nashikikahoshokubutsu/ (2009年2月15日)

追記2:「家守綺譚の植物アルバム」を閲覧してくださる皆様のため、過去記事を更新しました。(2009年10月10日)

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2009年2月16日 (月)

『家守綺譚』の植物アルバム再掲載のお知らせ

 梨木香歩著『家守綺譚』の物語の世界をより深く味わうために「家守綺譚の植物アルバム」を再度作成中です。

 以前の「ほのぼの文庫」でも毎日かなりの方がアルバムを閲覧されていました。訪れてくださった皆様やブログにリンクしてくださった皆様のことを思い、続いて、「からくりからくさ」や「西の魔女が死んだ」の植物アルバムも復活したいと思っています。

 梨木香歩さんの作品は何度読んでも味わい深く、面白いです。梨木香歩作品がお好きな皆さん、どうぞご覧になってお役立てくださいませ。以前とブログのURLが変わっていますので、リンクしてくださっている皆様、ご変更のほど、よろしくお願い申し上げます。

http://mothergoose-0510jp.cocolog-nifty.com/photos/nashikikahoshokubutsu/

 

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2009年2月 2日 (月)

梨木香歩さんの語りと木内達郎さんの絵の絶妙なコンビネーションによる蟹塚の由来ー二世代にわたる恨みが昇華されてゆく哀しく美しい物語  『蟹塚縁起』

 むかしむかし、薮内七右衛門という武将がいました。何千人もの兵を率いて戦っていた七右衛門は、家来たちをそれはそれは大事に思っていました。 七右衛門は、大事な家臣が人質にとられたと知った時、敵の罠とは知りながら、駆けつけたのです。
 他の家来たちも次々に打たれ、兵たちの屍が累々としている中、続けざまに敵の矢を受け、愛馬松波丸もろとも、同田貫正国という九尺五寸の刀を握り締めたまま、どうっとばかりに地面に崩れ落ちました。七右衛門は、「ああこの土と、もっと親しんで、生きたかった…」との思いを遺しながら、息絶えてゆきました。無念の戦死でした。

 七右衛門の思いは、同じ土地にとうきちという農民の子として生まれ変わりました。前世を語る旅人・六部…とうきちに前世の記憶が鮮明に甦る出来事が起こります。
 沢蟹をいたぶる名主の息子を諭して、沢蟹を救った日、名主から農作業に欠かすことの出来ない牛を取り上げられました。両親が亡くなってひとりぼっちのとうきちにとって、牛は、たったひとつの財産でした。
 牛のいない農作業を終え、へとへとに疲れて横になるとうきちの枕の下から聞こえるざわざわという音…外に出てみると、大勢の沢蟹が小川から家の床下を通って、青い月明かりの下を、 長い長い帯のようになって、どこまでも続いてゆくのでした。
 …あなたがその恨みを手放さぬ限り…という旅人六部の声と同時に遠い遠い記憶がよぎります。遠い昔、月の山野をこういうふうに大勢で歩いたことを思い出しました。

 同じ日の夕方、「押しかけ嫁でござります。」と横歩きをする女が、とうきちの家に現れ、掃除をしたり、夕餉の支度をしたりしています。とうきちは、「さてはおまえは蟹じゃろう」と言って、自分は大丈夫だから早く巣に帰るようにと声をかけます。すると、「私どもの気が済みませんので」と言って、あっというまに崩れ落ちて小さなたくさんの蟹となり散ってゆきました。鍋の蓋を開けると、ドジョウにタニシ、セリにゴボウが入っていました。
 蟹らしいことよ…と思いながら、有難く鍋をいただいたとうきちは、はっと思うところがあって、名主の館へと急ぎます。さて、それからは、この絵本をお読みください。

 梨木香歩さんの語りが七右衛門ととうきちの人柄の良さを、木内達郎さんの暗い色調の不思議な絵が、七右衛門とその家来たちの無念の思いを見事に語り描いています。二人の絶妙なコンビネーションによる蟹塚の由来、二世代にわたる恨みが昇華されてゆく哀しく美しい物語です。
 

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梨木香歩さんの語りと早川司寿乃さんの絵によって、現代に甦った「木花咲耶姫」、花の香りとさみどり色に満ちたさわやかな一冊  『マジョモリ』

 大きな山の麓に神社と森がありました。その森は、大人達からは「御陵」と呼ばれ、子ども達からは、「まじょもり」と呼ばれていました。神聖な場所として、中に入ることを禁じられていた子ども達は、こっそりとどんぐりを拾いに入ったりしていましたが、外の世界とつながっている範囲くらいまでしか入ったことがありませんでした。

 大きな山の麓にある「まじょもり」の冬は寒く、春になってもなかなか花が咲きません。そして、花が咲き始めると梅と桃と桜と、ほとんど同時に咲き、見事なものです。

 神社の神官の娘であるつばきのもとに、ある朝、届いた招待状「まじょもりへ ごしょうたい」。招待状を読んでいると、空色の不思議な植物のつるの先が、コンコンとつばきの部屋の窓ガラスをたたき、するするとつばきを森へと導きます。つばきの家の道の向こうが「まじょもり」です。

 暗い森に目が慣れた頃、樹木の香りが濃くなったところに、急に日が射している場所がありました。草や木が生えていなくて、こんもりと盛り上がった土の上に、片膝を立ててあぐらをかいてすわっている女性がいました。
 するすると伸びた空色の植物のつるは、その女性の髪の毛でした。退屈そうに髪を片手で梳いています。髪の毛はうすみどり、全体に白っぽくみえる若い女性でした。

 初めて入った森の奥で、出会った不思議な女性ハナさん、そして、もう一人の招待客ふたばちゃん。花が満開の「まじょもり」でハナさんとノギクやカキやサクラのお茶でパーティーが始まりました。
 ヨモギのお茶は野原の味が、ノギクのお茶は夕暮れの味が、カキのお茶は日なたの味が、サクラのお茶は森の味がしました。お茶のお菓子は、神饌、つばきが家から持ってきた生クリームやピーナッツバター、ジャムをはさんで食べます。

 ハナさんが初めて食べた生クリーム…ハナさんは、クロモジの小枝でぱくんと一つ口に入れ、空を見上げ、それから、目を閉じました。ガクンと頭を垂れたかと思うと、両方の手を拳につくり、それをぐっと前に差し出します。食べるごとに同じ仕草を繰り返すハナさん。
 「一ヶ月あれば」その味が好きか、嫌いかがわかると言います。

 ハナさんがお茶の後に出してくれた笹酒、「固く巻いた笹の芽が、初めてくるくるほどけたところに溜まった朝露を集めたもの」…つばきにとって、こんなに気持ちのすっとする飲み物は初めてでした。
 ジュースではない、お酒でもない、炭酸とも違う、甘ったるいところがまるでないのに、体中がそれを待っていたように飲み干しました。
 ふたばちゃんは、「甘露、甘露」と言って飲み干しました。つばきもハナさんも「甘露甘露」と続きます。

 さて、ハナさんは生クリームの味を気に入ったのでしょうか。そして、ふたばちゃんって、誰? ハナさんは、魔女なの? つばきちゃんは、どうやって家に戻るのでしょうか。それは、この絵本を読んでからのお楽しみです。表紙の絵の葉っぱの中の鍵穴をのぞくように、「まじょもり」の世界をのぞいてみませんか。

 梨木香歩さんは、「つばきは、だんだん、だんだん、頭がくらくら、ふらふらしてきました。そしてなんだか、地面がいつもの地面でないような気までしてきた、と思ったら…」のように、家のそばの森の人間の世界から別世界へと入るときの様子をさりげなく語っています。そして、早川司寿乃さんの絵は、写実的な絵からシュールな絵へと変わります。
 梨木香歩さんの語りと早川司寿乃さんの絵によって、現代に美しく甦った「木花咲耶姫」、花の香りとさみどり色に満ちたさわやかな一冊です。

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二世代にわたってペンキ屋という一生の仕事をやりとげた父親と息子、そして、その仕事を見守った母親とその妻を巡るファンタジー人間の愛と天職をテーマとした味わい深い絵本  『ペンキや』

 しんやは、母親からペンキ屋であった父を「発見」した時の話を聞くのが好きでした。そして、幼い頃からペンキが大好きでした。
 成長したしんやは父親と同じペンキ屋を目指して修業中。仕事となると見た目よりもずっとむずかしいものです。才能がないのではないかと悩むしんやは、母親から聞かされた父の墓を訪ねてフランスへと旅立ちます。お墓には「ふせいしゅつのペンキや ここにねむる」と書いてあることを聞かされていました。

 父親が乗ったのと同じ船のなかで、皿を洗ったり、ジャガイモをむいたり、甲板掃除をしたり…お金が無いので、船の中でいろいろな仕事を引き受けていました。朝焼けの海、夕凪の海、そして漆黒の闇…甲板掃除をしているしんやが見つめる海の色がステキです。

 ある日の午後、甲板に這ってきた霧の中から白いマントを着た不思議な女の人が出てきました。髪はまっすぐの亜麻色、陽に灼けているせいかまるで霧のように白く見えます。服もぞろりとした生成り色のような白いマントです。その人は「若いペンキやさん」としんやに呼びかけました。父親がペンキやであったことも知っていました。この船をユトリロの白で塗るようにとしんやに頼みます。
 不思議な女性が頼んだユトリロの白とは、「喜びや悲しみ、浮き浮きした気持ちや、寂しい気持ち、怒りやあきらめがみんな入った白」そして「世の中の濁りも美しさもはかなさもみんな入った白」だと言い残して霧の中に消えてゆきました。

 フランスへ行ったしんやは、父親のお墓を見つけることができないまま、日本へ帰って塗装店を開きました。初めてのしんやのお客さんだったゆりさんと結婚して、子どもを育て、お客のもっとも望む色を探し出し、人々を幸せにするペンキ屋となったしんやのもとに再び現れた不思議な女性は…。

 不思議な女性を登場させることを通して、物語がファンタジーへと昇華しています。「ユトリロの白」をモチーフにすることを通して、ペンキやという職業を芸術の域に高めています。
 出久根育さんの絵の中で、しんやとその父親、ゆりさんとしんやの母親の二世代にわたる喜びや悲しみ、世の中の濁りや美しさ、ファンタジーと現実が交錯して不思議な魅力を醸し出しています。

 二世代にわたってペンキ屋という一生の仕事をやりとげた父親と息子、そして、その仕事を見守った母親とその妻を巡るファンタジー。お墓に書かれた「不世出のぺんきや ここに眠る」という文字は、しんやの母親としんやの妻であるゆりさんにしか見えませんでした。ユトリロの白で書かれているように見えるのは、私だけでしょうか。
 梨木香歩さんの巧みな語りと出久根育さんの不思議な絵の中で、人間の愛と天職について深く考えさせられました。味わい深い絵本です。
 

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旅を続ける生命とその生命を支える絆を深く心に伝える物語  『からくりからくさ』

 母の古い家に共同生活を始めた孫娘の蓉子、下宿人の紀久、与希子、マーガレットの四人と市松人形の「りかさん」。かつて蓉子の祖母は、体は命の「お旅所」だと言った。命は旅をしている。私たちの体は、たまたま命が宿をとった「お旅所」だ。それと同じようにりかさんの命は、人形のりかさんに宿ったのだと言う。
 祖母の家は祖母が亡くなった今も祖母の「育もう」とする前向きなエネルギーを留めている。祖母の気配に満ちた家で、心を持つ不思議な市松人形の「りかさん」を通してからまる四人の縁。
 

 蓉子は糸を染めながら、祖母の死と祖母の死後変わってしまったりかさんと向き合いながら生きている。紀久は紬を織り、紬の織り子さん達への実地調査を元に、織りの歴史を裏で営々と支え続けてきた名も無い女性たちのことをそれぞれの織物を通して紹介するための原稿に身を費やして生きている。そして、恋人神崎との辛い別れにも耐えている。
与希子はキリムを織り、紀久と蓉子との三人展のための作品創りに余念がない。マーガレットは、アメリカで異民族として生きた辛い過去と闘いながら、鍼灸を学んでいる。そして、神崎との間に出来た新たな命を育んでいる。

 原稿の出版にあたって試練を受け、故郷に帰っていた紀久が「人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです」と言う。 紀久と与希子の縁は、「りかさん」を作った澄月という人物を通して互いの祖先へと遡る。澄月は、人形作りになる前は能面を作っていた。紀久が紬を、与希子はキリムを織る。紀久とマーガレットの想い人である神崎青年を通して、織物は日本から中近東のキリム、クルドの世界へと及ぶ。それぞれの祖先が生き抜いてきた日常と今それぞれが生き抜いている日常が、からくりからくさのようにからまって、個を超えた普遍の模様を織り成す物語。

 蓉子が染めに使う植物や四人の食卓に上る庭の草花、クルディスタンに咲く草花が美しい。日本の織物である紬も中近東のキリムも、女達のマグマのような思いをとんとんからりとなだめなだめ、静かな日常に紡いでゆく営みであることを語る紀久の手紙の言葉が心に残る。抑圧された民であるクルド人の世界がマーガレットの恋人となった神崎の手紙を通して語られることで、物語の奥行きが深くなっていることを感じさせられる。クルドの民を語ることで、染めも織りも人形も能面も、美しいものは人間の抑圧された苦しみを経て作り継がれて来たことを作者は伝えたかったのではないかと思う。クルドを語ることなく、『からくりからくさ』を完結できない作者の思いの深さに感銘を受けている。

 染め、織り、人形、蛇、能面、唐草、それらの全てが、蓉子と紀久、与希子の合作「りかさん」炎上で芸術的な一体となる最期が圧巻だ。そして、「りかさん」の死が、マーガレットの新たな命へと連なり、蓉子、紀久、与希子、マーガレットの再生を予感させる。旅を続ける生命とその生命を支える絆を深く心に伝える物語としてお勧めの一冊。

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