[性、愛]

2010年8月30日 (月)

(山田由香・文/高野文子・絵)『動物園ものがたり』(くもん出版)

 『動物園ものがたり』の舞台は、高いビルがたちならぶ、大きな町の一角にあるこんもりとしたみどりの森の動物園です。そこにやって来た8歳の女の子のまぁちゃん、まぁちゃんのおとうさんとおかあさん、おじいさんとおばあさん、そして、カバの飼育係の井上くんと小林さん。登場人物全員が主人公という珍しいものがたりです。

 まぁちゃんは、自分からまい子になってしまいました。おとうさんとおかあさんが、けんかばかりしていることをとても悲しんでいます。おとうさんとおかあさんも、いい父親、母親になりたいのにけんかばかりして、お互いに悲しんでいます。
 手をつないだ、おじいさんとおばあさんは、出会ってから50年になる仲良し夫婦ですが、子どもがいないことを悲しんでいます。カバの飼育係の井上くんは、カバの母親のウメと娘のモモが離れ離れになることを悲しんで、先輩の飼育係の小林さんに相談しています。
 世界中のあらゆる所から動物園に連れて来られた動物達は、どうでしょうか? ゾウやキリン、ゴリラやライオンは、生まれ故郷であるアフリカのことを恋しく思っているのでしょうか? ペンギンやシロクマも北極や南極のことを思っているのでしょうか?
 一つの動物園で、みんながいろいろな気持ちを抱えながら、過ごしています。それぞれの喜びや悲しみが、動物園という舞台でパノラマ式に展開するものがたりの中で、まい子のまぁちゃんが、「ヒ・ポ・ポ・タ・マ・ス!」というカバの学術名をとなえると不思議なことが起こります。さて、ものがたりのさいごは、一体どうなるのでしょうか?

 テレビアニメ「サザエさん」や「おじゃる丸」など、人気アニメのシナリオをを手がけている山田由香さんの初めての単行本です。軽やかに、くきやかに、ものがたりの場面が展開するのはシナリオライターの為せる業でしょう。代表作「絶対安全剃刀」などで知られる漫画家・高野文子さんのイラストがふんだんに使われて、動物園の楽しい雰囲気を醸し出しています。
 動物園は、なぜ必要なのでしょうか?そして、動物園に行くと、どうしてこんなにも楽しいのでしょうか?その答えのキーワードは、家族愛、動物愛、そして、地球への愛。
 登場人物のそれぞれが自分の分身のように愛おしく、そして、人間も動物も同じ地球上に生まれたかけがえのない命であることを感じ、幸せな気分に浸ることができました。登場人物全員が主人公という物語の展開は、まさに児童文学の新境地。小学校中学年から大人まで楽しめるものがたりです。シナリオライターと漫画家という異色のコンビで取り組んだ、新しい児童書の世界で、あなたも、動物や人の気持ちを想像してみませんか?

動物園ものがたり Book 動物園ものがたり

著者:山田 由香
販売元:くもん出版
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2009年4月 8日 (水)

モンゴメリの幻の名作の文庫化 愛を描いた心温まるハッピー・エンディングストーリー

青い城 (角川文庫) Book 青い城 (角川文庫)

著者:モンゴメリ訳:谷口 由美子
販売元:角川グループパブリッシング
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 主人公のヴァランシー・スターリングは29歳になる独身女性。
 母親と従姉のスティックルズと3人で貧しくひっそりと暮らしている。住んでいる家も与えられた部屋も醜い。平均を下回る身長、美しくも醜くもない容姿に加え、子どもの頃から病弱だった。性格も内気で陰気と見なされ、母親や従姉をはじめとする親族に虐げられるように生きている。自分の服装や髪型を決めることから、図書館で本を借りること、医師の診療を受けることに至るまで生活の一切がままならい。世間からはオールド・ミスと見なされみじめな存在だ。
 ヴァランシーにとって、唯一の救いは、空想の中の“青い城”。
 それは、誰も知らない美しい国に聳え立つ城だ。松の茂った高い山にそびえ、小さな塔がいくつもあり、旗がひるがえり、青霞の中に美しく浮かんでいる。そこには、ありとあらゆる美しいもの、すばらしいものがあり、ヴァランシーは幸せに暮らしていた。“青い城”は、ヴァランシーが夜になったらとびこんでいける夢の世界であり、現実の窮屈な生活を乗り切っていくために幼い頃から築き上げてきた夢の住処だった。
 そんなヴァランシーが、ある日心臓病で余命一年と診断され、悔いのない人生を送ろうと決意したところから新たな物語が展開してゆく。 さて、ヴァランシーの決意とは、そして、ヴァランシーのとった行動とは…。

 

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2009年3月18日 (水)

三田誠広著『星の王子さまの恋愛論』(集英社文庫)  かんじんなことは目に見えない サン・テグジュペリの恋愛論

星の王子さまの恋愛論 (集英社文庫) Book 星の王子さまの恋愛論 (集英社文庫)

著者:三田 誠広
販売元:集英社
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 『星の王子さま』の物語の中には珠玉のような言葉がちりばめられている。その一つとして、真っ先に浮かぶのが、王子さまと砂漠で出会ったキツネが別れの時に語る「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。」という言葉だろう。

 本書は、「目に見えないかんじんなこと」とは何か、作者であるサン・テグジュペリが込めた恋愛論といえる部分を中心に『星の王子さま』の物語を紐解いていく。著者である三田誠広氏は、まず、サン・テグジュペリの幼年期の生い立ちや成人後の作家として、また、パイロットとしての生き様を辿り、古いお城で過ごした幼年期やパイロットとしての不時着の経験、婚約破棄や結婚生活の実質上の破綻などが物語の原点となっていることを明らかにしている。『星の王子さま』が出版された1943年はサン・テグジュペリの祖国フランスがナチス・ドイツの支配下にあったという時代背景が物語りに影を落としていることも。続いて、その作品である『南方郵便機』や『夜間飛行』を同じ小説家という立場から解釈し、『星の王子さま』の物語の原型をくきやかにあぶり出していく。
 本書の第1章から終章までの8章を通して浮き彫りにされるのは、人間としてのサン・テグジュペリの深い孤独感である。『星の王子さま』の物語の語り手であるパイロットも王子さまもキツネも花もヘビも、皆、孤独な存在だ。また、その出会いは、いずれも唐突で、ヘビを除いて、その別れは切なく哀しい。本書において著者は、第2章の「星の王子さまはどこから来たか」と第4章の「花はどこから来たか」という自らの問いに端を発して、サン・テグジュペリが物語りに込めた目に見えない恋愛の「かんじんなこと」(本質)を説き明かしている。

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2009年3月12日 (木)

ケイト・ディカミロ『愛をみつけたうさぎ エドワード・デュレインの奇跡の物語』

愛をみつけたうさぎ―エドワード・テュレインの奇跡の旅 Book 愛をみつけたうさぎ―エドワード・テュレインの奇跡の旅

著者:バグラム イバトーリーン,ケイト ディカミロ
販売元:ポプラ社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 心は砕け、さらに砕け
 砕けちりながら生きのびる
 闇を、さらに深き闇を
 通り抜けねばならない
 ふりかえることなく

 本書の見開きに記されたスタンレー・クーニッツの「試金木」という詩だ。物語の副題である「エドワード・テュレインの奇跡の旅」を象徴するかのような詩である。

 主人公は、エドワード・デュレインという名の陶器のうさぎ。フランスの人形師の手による特注のうさぎで手や足、耳が、自由に動かせる仕組みになっていた。絹のスーツや小さな金の懐中時計も持っている。
人形の持ち主はアビリーンという名の女の子。七歳の誕生日に祖母からプレゼントされた人形だった。アビリーンもその家族も皆、エドワードを愛して、家族の一員のように大切にしていたが、エドワードは、窓ガラスに映る自分の姿に陶酔するばかりのプライドの高いうさぎだった。

 物語の冒頭で、祖母がアビリーンに「ペレグリーナと魔女の話」―愛されているのにだれも愛さない姫がイボイノシシに変えられる話―を語った後、「考えてごらんなさい。愛がないのに、どうやって“いつまでも幸せに”くらせますか?」という祖母の言葉が見開きの詩とともに物語の伏線となっている。

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ケイト・ディカミロ『きいてほしいの、あたしのこと -ウィン・ディキシーのいた夏』

 この物語の主人公は、アメリカ南部フロリダ州の小さな町ナオミに引っ越してきた10歳の少女インディア・オパール・ブローニ。物語の中では、オパールと呼ばれている。父親は、この地の教会ナオミ・オープンアームズ・バプティスト教会の牧師さん。母親は、何年も前に家出をしてしまった。父親は、教会のことばかり考えているので、オパールは心の中で<牧師さん>と呼んでいる。
 そこに、物語の副題となっているウィン・ディキシーの登場だ。ウィン・ディキシーは、オパールがナオミに引っ越して来たばかりの頃、スーパーで偶然出会った一匹の野良犬。しっぽをゆっさゆっさと揺らし、スーパーの棚の野菜やくだものをころがしていた。体は大きいけれど、ひどくやせていて、あばら骨が浮き出ている。体中、あっちこっちはげちょろけ。その犬が、オパールを見て、歯が全部見えるくらい、口をにやーっと開けて、笑った。そのおかしな犬に一目ぼれしたオパールは、スーパーの何ちなんでウィン・ディキシーと名づけて飼うことに・・・。

 ウィン・ディキシーは、笑うことと、人の話に耳を傾けることができる犬だった。そして、友達作りの名人(犬)。

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2009年2月21日 (土)

愛と孤独に対する深い洞察に満ちた恋愛論  (福永武彦著)『愛の試み』(新潮文庫)

 2月初旬から読み始めた同著をようやく読み終えました。何度もくり返し、じっくりと読みました。2月に入ってからの読了本の数は少ないのですが、その質は濃いものだと思っています。児童書ではケイト・デ・カミロの作品を数冊、音楽関係では徳永英明さんの『半透明』、そして、同著です。偶然ですが、テーマはいずれも愛と孤独。ケイト・デ・カミロの作品のレビューも今月中に書きたいと思っています。

 「家守綺譚の植物アルバム」も閲覧いただきうれしく思っています。どうぞこれからもよろしくお願い致します。

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 『愛の試み』は福永武彦氏(小説家・詩人)が説く恋愛論。
 「夜われ床にありて我心の愛する者をたづねしが尋ねたれども得ず。」
 冒頭に雅歌の第三章を引用して、人間の持つ根源的な孤独の状態を簡潔に表現していると説き、この孤独はしかし、単なる消極的な、非活動的な、内に鎖された孤独ではない。「我心の愛する者をたづねしが」―そこに自己の孤独を豊かにするための試み、愛の試みがあると説く。

 スタンダールの恋愛論の結晶作用と融晶作用、愛につきもののエゴ、嫉妬、憐憫、自己犠牲、愛と理解の違い、愛することと愛されることの隔たりや人間の愛の限界について語りつつ、恋愛と孤独を対立させることなく相補的に説きつつ、その論が観念的に終始しないように「釣のあと」「花火」「細い肩」「女優」「盲点」「音楽会」「雪の浅間」「歳月」「砂浜にて」と題する9つの掌編を関連する章の後に挿入している。

 著者の恋愛論の実践編とも思える9つの掌編は文学性も高く、著者の論の理解を促す作品であった。いずれも一筋縄ではいかない男女の心の機微が巧みに描き出されている。現実の恋愛も孤独も不完全であることを認めた上で展開される著者の恋愛論には説得力が感じられた。本書は薄っぺらな恋愛の指南書ではない。

 「自己の孤独を恐れるあまり、愛がこの孤独をなだめ、酔わせ、遂にはそれを殺してしまうように錯覚する。しかし、どんなに燃え上がろうとも、彼が死ぬ以外に、自己の孤独を殺す方法はない。」と説く著者の言葉に愛することをひるむ読者もいるであろう。しかし、人間が根源的に孤独な存在であるとすれば、愛することを試みた以上、苦しみから逃れることは出来ないのではないだろうか。著者の言葉に愛することへの覚悟を促された。脆弱な孤独から豊かな愛は育たないのだ。

 「愛は持続すべきものである。それは火花のように燃え上がり冷たい燠となって死んだ愛に較べれば、詩的な美しさに於て劣るかもしれぬ。しかし節度のある持続は、実は急速な燃焼よりも遥かに美しいのだ。それが人生の智慧といったものなのだ。しかも時間、この恐るべき悪魔は、最も清純な、最も熱烈な愛をも、いつしか次第に蝕んで行くだろう。従って熱狂と理智とを、愛と孤独とを、少しも衰えさせずに長い間保って行くことには、非常な努力が要るだろう。常に酔いながら尚醒めていること、夢中でありながら理性を喪わないこと、イデアの世界に飛翔しながら地上を見詰めていること、―愛における試みとはそうしたものである。その試みは決してた易くはないが、愛はそれを要求する。」
 新約聖書のコリント人への手紙Ⅰの十三章(愛の章)を彷彿させる著者の言葉にその恋愛観が凝縮されているように思えた。愛と孤独に対する深い洞察に満ちた恋愛論の名著として蔵書にしたい一冊。

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2009年2月13日 (金)

思い出の絵本 No. 9 久しぶりの読み聞かせ  『100万回生きたねこ』  

 大学受験真っ最中の息子が、昼ごはんを終えたとき、『100万回生きたねこ』ってどんな絵本だったけ?!と言うので、書棚から持ってきて、久しぶりに読み聞かせをしました。最後に読み聞かせをしたのが、中二のときでしたから、4年ぶりです。

 どうやら、百合(小説or漫画)に引用されていたから思い出したようですが、何はともあれ18歳の息子に読み聞かせを再びできたことで幸せな気分に浸っています。

 『100万回生きたねこ』は大人にも、子どもにも愛されるすばらしい絵本だと思います。

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2009年1月30日 (金)

夜桜の花のアーチがまさに異界に開かれた門のよう・・・大人のあなたにお薦めの絵本 『いつか、ずっと昔』

 結婚を控えたれいこと浩一が夜桜見物に来ました。
 見渡すかぎりの桜、濃紺の闇に、つめたいほど白い花がしんとしずまりかえってさいています。風が吹くたびに花びらがこぼれます。浩一の腕にもたれて、うっとりと夜桜をながめるれいこに、次々と現れる過去の恋人たち。木の根のかげから、しゅる、と音がして現れたもの。木々の間をうろうろと動き回っていた白くて、まるく太ったもの。豚舎の入り口に、うしろから月光をあびて、ちょこんと立っていたもの。
 桜の幹から養豚場、海を経て、再び花びらの中に立つ浩一のもとに戻ってきたれいこ。れいこは、浩一の腕にしがみつきながら、「さよなら」と昔の恋人たちに、そっと告げます。さて、れいこの恋人達とは・・・。
 

 『つめたいよるに』収録の「いつか、ずっと昔」を底本として描き下ろされた絵本です。荒井良二さんのユニークなイラストが江國香織さんの物語の世界を幻想的に彩っています。夜桜の花のアーチがまさに異界に開かれた門のようです。

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しろいうさぎとくろいうさぎのほのぼのと切ない愛の物語ーくろいうさぎの悲しそうな顔を忘れないでいたい  『しろいうさぎとくろいうさぎ』

 広い森の中に住んでいる白いうさぎと黒いうさぎ。3色使いの墨絵のような濃淡の絵の世界で語られるニひきのうさぎの愛の物語。ページをめくるたび、二ひきのうさぎのふわふわとした毛の触感が感じられます。

 二ひきは毎日、一緒に楽しく遊びます。
 ある日のこと。
 たんぽぽが咲き、たんぽぽの綿毛が飛ぶ森の中の野原で、「うまとび」をする二ひき。
 ひなぎくやきんぽうげの咲いている野原で、かくれんぼをする二ひき。
 黒いちごの茂みのまわりで、ぐるぐるとかけっこをする二ひき。
 楽しそうなニひきですが、時おり、黒いうさぎが、急に座り込んで、とても悲しそうな顔をします。「どうしたの?」と聞く白いうさぎに、「うん、ぼく、ちょっと、かんがえてたんだ」と答えます。泉できれいな水を飲んだり、たんぽぽをたくさん食べたり・・・満ち足りたように見えるニひきですが、また、黒いうさぎは、悲しそうな顔をして、座り込んでしまいます。白いうさぎが尋ねると・・・。

 森の澄んだ空気、泉のきよらかな水、木の葉のそよぎ、草いきれ、月の光・・・すべてが二ひきを祝福しているようです。そっと手を重ね、たんぽぽの花を耳にさす二匹、輪になって踊る森の動物達・・・ほのぼのと心温まるラストシーンの中、なぜか黒いうさぎの悲しそうな顔が浮かびます。

 原題は、THE RABBITS’ WEDDING、1958年に出版されています。うさぎの毛の黒と白が人間の肌の色の象徴であるとすれば・・・。ほのぼのと切ない愛の物語、黒いうさぎの悲しそうな顔、その切なさを忘れないでいたいと思います。

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2009年1月27日 (火)

「障害者の性の介助」というテーマを通して、社会への問題提起をなす貴重な一冊 『セックスボランティア』

 医療・教育・福祉などの専門職でもなく、障害を抱えている当事者でもない著者が挑んだ「障害者の性の介助」に関するノンフィクションです。『週刊朝日』に連載された「週刊ノンフィクション劇場」をベースに更なる取材を重ねて、加筆後、単行本化されました。

 ボランティアとして障害者とセックスをする女性、障害者専門の風俗店、身障者への出張を行うホストクラブ、知的障害者のカップルへのセックスの指導、福祉施設の介護者によるマスターベーションの介助など、これまで知り得なかった障害者を取り巻く性の現実が、障害を抱えているカップルや当事者への取材を通して明らかにされています。

 私の娘は<点頭てんかん>という重い病を抱えて生まれてきました。「歩くこともしゃべることもままならないでしょう。」と告げられましたが、23歳になる娘は、知的な障害を抱えていても、演劇や水泳を続けながら、毎日元気に作業所に通っています。
 時おり、母親の私より充実した人生ではないかと思うことがありますが、性の問題になると娘がどのように感じているのか測り知れません。幼く無邪気なだけに、どのように感じているのだろうかと親のなす術もなく案じているばかりです。そんな現実を抱えているだけに、身につまされるような思いを味わいながら読み終えました。
 
 「障害者だってやっぱり、恋愛したい。性欲もある。」という現実を当事者の生の声を通して知らされ、あまりの生々しい感情とそれに対する社会の風当たりの厳しさに、胸がつかえるような思いを抱きました。
 この本を単行本化するにあたって作者が削ったであろう原稿の量を思います。ここに書かれていることは、その氷山の一角かもしれません。障害を抱えている娘の性というよりも、自分自身が日常生活レベルで無意識の領域に封じ込めている「性」に関して考えさせられました。そして、生は性という当たり前のことを再認識させられました。

 この本を3つの点で評価したいと思います。
 これまで表立って取り上げられたことのない「障害者の性の介助」というテーマに果敢に挑んでいる点、「性の介助」というテーマで、障害者の性の問題に切り込み、当事者でない一般の人々に分かりやすく訴えかけている点、そして、当事者への取材を重ね、障害者への性行為補助金制度を取り上げ、実際にオランダまで取材の足を運んでいるという点です。
 
 評価すると同時に、この本は、障害者の性に対する問題提起に過ぎないということも感じました。性の問題は個人差もありますし、すっきりと解消するような解決策がないという側面を孕んでいます。単にセンセーショナルな問題提起の本として終わらないためにも、著者に更なる取材とテーマへの深い洞察を望みたいと思います。
 
 取材を経て書かれた文章の行間に著者の心の置き所のあいまいさを感じてしまいました。著者に対して性体験の告白を望んでいる訳ではありません。性をテーマとする時、やはり自分がどんな性意識を抱えているのかという心の位置が定まっていないと問題に対する切り口が浅くなります。この本の物足りなさは、その点にあるのではないでしょうか。
 人間が生物である限り、障害という問題は避けて通れないものではないでしょうか。傍観者的な立場に留まらず、自分自身の問題として「障害」や「性」について、著者である河合香織さんにも、この本の多くの読者の方々にも考えていただきたいと感じました。障害者の置かれている性の現状から、今後の社会のあり方を問うという方向までテーマを深化させてゆくことが次作への著者の課題ではないでしょうか。
 障害者の性の介助を通して社会への問題提起をなす貴重な一冊としてお勧めします。

 

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