<ファンタジー>

2010年8月24日 (火)

映画「借りぐらしのアリエッティ」、原作をお薦めします!

 メアリー・ノートンの『床下の小人たち』を原作とした映画「借りぐらしのアリエッティ」を観ました。(原作を再読して出かけました。)

 原作の舞台はイギリスですが、映画の舞台は日本。アリエッティは、魔女のキキや風の谷のナウシカに似た強気な女の子として登場していました。アリエッティのイメージは良かったです!・・・が、物語としては、原作の方が断然いいかな?

 『床下の小人たち』の登場人物は、父親のポッド、母親のホミリー、そして、一人娘のアリエッティ。三人家族の生活に必要なものは、すべて上の屋敷に住んでいる人間の世界から「借りて」います。思春期に近づいたアリエッティは、外の世界に強い憧れを抱いていました。そこへ、インドから病気療養のためにやってきた男の子と知り合いになってしまいます。

 小人たちには、人間から物を借りてもいいが、人間に「見られ」てはならないという鉄則がありました。そんな鉄則を破って、大胆に男の子と関わっていくアリエッティの向う見ずな行動が原因で、一家は、住み慣れた屋敷を離れることに・・・。そこから、小人たちの長い旅が始まるというのが原作の第一部です。 『野に出た小人たち』『川をくだる小人たち』『空をとぶ小人たち』『小人たちの新しい家』へと物語は続きます。(ここから先は、映画のネタばれが若干あります・・・)

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2009年2月 1日 (日)

時間と死を超えた愛の物語  『ミリー 天使にであった女の子のお話』

 『ミリー —天使にであった女の子のお話—』は、1816年、ヴィルヘルム・グリムが母を亡くしたミリーという少女に宛てた手紙に添えられた物語です。ヴィルヘルムは兄のヤーコプと共にグリム童話の収集家として知られています。

 ヴィルヘルムの手紙は、小川を流れる花と夕ぐれの山を越えて飛んでゆく鳥をモチーフとした詩的で美しい文章で綴られています。ミリーの家族が所有していた物語が売却され、1983年に出版社の手に渡ったことから、すぐれた絵本作家モーリス・センダックとの出会いがありました。5年がかりで描かれたというセンダックの渾身の絵が添えられています。

 夫に死に別れた女性が、ある村のはずれに、たった一人残された娘と住んでいました。娘は気立てもよく可愛い子でした。お祈りを朝晩欠かさず、スミレやローズマリーを花壇で上手に育てる娘には、きっと守護天使がついているに違いないと母親は信じていました。
そんな二人に戦争が押し寄せてきます。母親は戦争から娘を守るために、森の奥に娘を逃がしてやりました。森の奥深くで聖ヨセフと出会い、娘の守護天使である金髪の美しい女の子と出会い、3日間を過ごし、母親のもとに戻ると、30年の年月が過ぎていました。
母親は30年の年月を経て、また、大戦争の恐ろしさと苦しさを経て、すっかり老いていますが、娘は、昔と同じ服を着て、昔と同じ姿のまま母親の前に立っています。再会を果たした二人は・・・。
 3日が30年という不思議な時間軸の中で、戦争という悪、信仰、母と子の愛、神の愛が語られています。ヴィルヘルムが生きた古いドイツは、当時ナポレオンの占領下に置かれたり、フランス軍の占領下に置かれたり、非常に不安定な時代でした。物語の中で、ミリーと守護天使の無垢な美しさと戦争の醜さがコントラストをなしています。

Photo この物語を通して、ユングの弟子であったマリー=ルイーゼ・フォン・フランツの「昔話は、普遍的無意識的な心的過程の、最も純粋で簡明な表現です。それは、元型を、その最も単純であからさまな、かつ簡潔な形で示しています。」という言葉を思いました。ミリーが過ごした深い森は、人間の普遍的無意識とも思えます。小川に流した花が、ずっと離れた場所で別の女の子が流した花と出会うように、また、夕ぐれの山を越えて飛ぶ鳥が最後の日の光の中で、もう一匹の鳥と出会うように、人間は普遍的無意識の中で、母の愛や神の愛の元型と出会えるのではないかと予感させられました。
 ヴィルヘルムの慈しみに満ちた手紙に始まる『ミリー』は、時間と死を超えた愛の物語と言えるかもしれません。モーリス・センダックの幻想的で美しい絵と神宮輝夫氏の美しい日本語が、絵本の芸術性を高めていることを感じます。

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2009年1月30日 (金)

信じるとは命をかけた選択  『銀のほのおの国』

 壁に飾られた剥製のトナカイ「はやて」が甦り、たかしとゆうこの兄妹が、壁の向こうの異世界にひきずりこまれ、北の荒野を駆け抜けるトナカイ「はやて」を追って旅立つ。
 無慈悲で残酷な青イヌの影におびえながら続く旅の途中で、ゆうこが青イヌの囚われの身になる。「はやて」のいるはるか北の山脈めざして困難な旅を続けるたかしは、ゆうこの身を案じながら、誰にも助けを求めることができない結界状態に向き合い、自らの判断を要求され、生存の厳しさ(困難な状況と荒野の掟)の中で、自らの行為の選択を余儀なくされ、何を信じるかを問われる。
 盲目のウサギ銀の耳が歌い伝える「銀のほのおの国」—荒野に住む小さな動物たちが待ちのぞむ「トナカイ王国」の甦りをかけて、トナカイ軍と青イヌ軍が最後の戦いのときを迎えることに・・・。

 同著を大人になって初めて読んだ。
 40代という体力的にも能力的にもいろんな面での衰えが進む年代を生きながら、これまでの人生を振り返り、自分が断念せざるを得なかったことに対する負い目や無力感、そして、これからの人生で何ができるのだろうかという問いに対し、自らの限界に向き合う日々である。自分自身の人生の選択を良しとして、否定的な感情をいかに次なる人生のよりよい選択に向けるか。まさに、ツンドラを歩むような心理状況の中で、『銀のほのおの国』と出会った。

 この物語の主人公である兄妹のたかしとゆうこが送り込まれた壁の向こうの世界の出来事を通して、命をかけた選択や苦悩には必ず答えが与えられるということを確信させられたような気がする。そして、どんなに否定的な感情に満ち、エネルギーが枯渇しているかに見える状況にあっても、人間には次なるステップを歩み始める銀色の炎のような揺らめきがあり、生きてゆけるものだということを教えられたような気がする。
 『銀のほのおの国』を読み終えて、人生の選択には常に厳しさが伴うが、自分が信じる道を歩めば、それでよいのだという思いを、今、密かにかみ締めている。

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