<グリム童話>

2010年4月 9日 (金)

グリム童話の魅力が現代に脈々と生き続けていることを感じさせてくれる絵本

ヘンゼルとグレーテル―グリム兄弟の童話から Book ヘンゼルとグレーテル―グリム兄弟の童話から

著者:ヤーコプ・ルードヴィヒ・グリム,ヴィルヘルム・カール・グリム
販売元:平凡社
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 19世紀の初めにグリム兄弟が人々の間に語り伝えられてきた話を集めて書きしるした『グリムの昔話』(原題:子どもと家庭のメルヘン)には200あまりの話がおさめられていますが、「ヘンゼルとグレーテル」は、その中でも代表的な話のひとつです。
 「ヘンゼルとグレーテル」と言えば、まず、お菓子の家、ヘンゼルをかまどの火で焼いて食べようとする怖ろしい魔女、二人の子ども達を森の奥に捨てる残酷な継母、そして、その背景にある貧しさと飢え…。

 本書の画家カトリーン・ブラントは、1967年に最初の絵本『こびととくつや』を出版し、翌年ドイツ児童図書賞を受賞、2004年に『魚師とおかみさん』を出版後、長い年月を経て、本書の挿絵を描きました。
 ブラントは、お菓子の家を色とりどりの美しいお菓子ではなく、ドイツのレープクーヘンという伝統的な焼き菓子を用いて地味に描いています。そして、絵本の背景を真っ黒に塗りつぶし、当時の貧しく、過酷な環境を暗示しています。
 二人をつかまえた魔女は、どこかしらまぬけな表情をしています。幼いグレーテルにかまどの火で焼かれてしまうのですから、本当にまぬけな魔女だったのでしょうか。
 ヘンゼルとグレーテルの二人が継母のたくらみを知った時のおびえ、暗い森の中を歩く時の不安、森に置き去りにされた時の悲しみ、魔女に見つかったときのおどろき、魔女から解放された時の喜び…ブラントは二人の子ども達の表情、特に目の表情をくきやかに描いています。二人の父親であるきこりの姿や継母の姿は描いていません。二人の子ども達の姿を通して、『ヘンゼルとグレーテル』は、飢えや貧しさに出会って二人が自立し、成長していく物語であることを浮き彫りにしたかったからでしょうか。物語の全てを描かず、読者の想像に委ねた作者の懐の大きさを思いました。
 二人を森の奥の魔女の家に導く白い鳥、また、二人が森をぬけ出すために大きな川を渡るのを助ける白いあひる(異界と現実世界の橋渡しをする鳥の役割)、兄のヘンゼルに頼り切っていた妹のグレーテルが機転を利かせ、兄を救い、森から抜けだした時のいきいきとした笑顔や背景の黒と白のコントラストを通して『ヘンゼルとグレーテル』の物語に込められたメッセージがシンプルかつ十分に描き出されていることを感じます。
 人々の口から口へと語り継がれた物語を再話するにあたって、現代を生きる私たちの心に届くシンプルで洗練された言葉に翻訳されていることも本書の特長でしょう。グリム童話の魅力が現代に脈々と生き続けていることを感じさせてくれる絵本です。

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2009年2月 1日 (日)

時間と死を超えた愛の物語  『ミリー 天使にであった女の子のお話』

 『ミリー —天使にであった女の子のお話—』は、1816年、ヴィルヘルム・グリムが母を亡くしたミリーという少女に宛てた手紙に添えられた物語です。ヴィルヘルムは兄のヤーコプと共にグリム童話の収集家として知られています。

 ヴィルヘルムの手紙は、小川を流れる花と夕ぐれの山を越えて飛んでゆく鳥をモチーフとした詩的で美しい文章で綴られています。ミリーの家族が所有していた物語が売却され、1983年に出版社の手に渡ったことから、すぐれた絵本作家モーリス・センダックとの出会いがありました。5年がかりで描かれたというセンダックの渾身の絵が添えられています。

 夫に死に別れた女性が、ある村のはずれに、たった一人残された娘と住んでいました。娘は気立てもよく可愛い子でした。お祈りを朝晩欠かさず、スミレやローズマリーを花壇で上手に育てる娘には、きっと守護天使がついているに違いないと母親は信じていました。
そんな二人に戦争が押し寄せてきます。母親は戦争から娘を守るために、森の奥に娘を逃がしてやりました。森の奥深くで聖ヨセフと出会い、娘の守護天使である金髪の美しい女の子と出会い、3日間を過ごし、母親のもとに戻ると、30年の年月が過ぎていました。
母親は30年の年月を経て、また、大戦争の恐ろしさと苦しさを経て、すっかり老いていますが、娘は、昔と同じ服を着て、昔と同じ姿のまま母親の前に立っています。再会を果たした二人は・・・。
 3日が30年という不思議な時間軸の中で、戦争という悪、信仰、母と子の愛、神の愛が語られています。ヴィルヘルムが生きた古いドイツは、当時ナポレオンの占領下に置かれたり、フランス軍の占領下に置かれたり、非常に不安定な時代でした。物語の中で、ミリーと守護天使の無垢な美しさと戦争の醜さがコントラストをなしています。

Photo この物語を通して、ユングの弟子であったマリー=ルイーゼ・フォン・フランツの「昔話は、普遍的無意識的な心的過程の、最も純粋で簡明な表現です。それは、元型を、その最も単純であからさまな、かつ簡潔な形で示しています。」という言葉を思いました。ミリーが過ごした深い森は、人間の普遍的無意識とも思えます。小川に流した花が、ずっと離れた場所で別の女の子が流した花と出会うように、また、夕ぐれの山を越えて飛ぶ鳥が最後の日の光の中で、もう一匹の鳥と出会うように、人間は普遍的無意識の中で、母の愛や神の愛の元型と出会えるのではないかと予感させられました。
 ヴィルヘルムの慈しみに満ちた手紙に始まる『ミリー』は、時間と死を超えた愛の物語と言えるかもしれません。モーリス・センダックの幻想的で美しい絵と神宮輝夫氏の美しい日本語が、絵本の芸術性を高めていることを感じます。

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