■bk1今週のオススメ書評採用

2011年10月21日 (金)

『はせがわくん きらいや』~障がいをテーマとした児童文学作品の新たな可能性

 主人公の「はせがわくん」は、絵本の作者である長谷川集平氏のこと。
 「ぼくは、はせがわくんが、きらいです。はせがわくんといたら、おもしろくないです。なにしてもへたやし、かっこわるいです。はなたらすし、はあ、がたがたやし、てえとあしひょろひょろやし、めえどこむいとんかわからん。」
 作者は、病弱でひ弱だった幼い頃の自分のことを、友達の目線で切り離して語っています。
 「あの子は、赤ちゃんの時、ヒ素という毒のはいったミルクのんだの。それから、体こわしてしもたのよ。」と真実をありのままに語る母親、「はせがわくん泣かんときいな。わろうてみいな。もっと太りいな。」と心底願う友達、作者の故郷のことばが、リズミカルにあたたかい。中でも、「はせがわくん、きらいや」は独特の響き。そう言われるたびに、「はせがわくん」が生き生きと立ち上がって来る。「はせがわくん、きらいや」ということばが写し出す作者の人間としての尊厳と、その思いを反転するかのような友情、「あの子と仲ようしてやってね。」という母親の願いと負けず劣らず真に迫ることば。森永ヒ素ミルクの被害の真実やその家族、とくに母親の心情、被害児童を取り巻く子ども達、悲惨な真実が独特の手法と語りであっけらかんと明かされる。
 墨で書きなぐったような手書きの素朴な文字、デフォルメされた子ども達…。
 美しく整った絵本という概念を破って描かれた(書かれた)画期的な絵本として、1976年に出版された当時、「創作絵本新人賞・優秀賞」を受賞しています。しばらく絶版の時を経て、多くの人々の要望で復刊されました。1976年すばる書房初版の復刊です。その独特の手法と語りは、今もなお、斬新さを保ち、読者の心に迫る。
 森永ヒ素ミルクの被害という社会的関心の薄いテーマの児童文学作品が多くの読者の関心と強い要望を得て復刊されたことに作者の並々ならぬ力量を感じると同時に、障がいをテーマとした児童文学作品にも様々な可能性があるのではないかという思いを強くしました。障がいをテーマとした良書が次から次へと絶版となってしまう現実に打ちひしがれることなく、新たな可能性を追求した作品の誕生を待ち望みたい、そんな希望を抱かせてくれた一冊です。

はせがわくんきらいや Book はせがわくんきらいや

著者:長谷川 集平
販売元:ブッキング
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年10月21日、オンライン書店ビーケーワンの今週のオススメ書評に選ばれました。

書籍タイトル:はせがわくんきらいや
書評タイトル:障がいをテーマとした児童文学作品の新たな可能性
URL:http://www.bk1.jp/review/494819

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2011年7月27日 (水)

『発達障害 母たちの奮闘記』~無理解の壁に挑み、発達障害の本質的な理解を促す良書 

発達障害 母たちの奮闘記 (平凡社新書) Book 発達障害 母たちの奮闘記 (平凡社新書)

著者:山下 成司
販売元:平凡社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 もし、電車の中で、唐突に中年の女性の髪の毛に触れる少年がいたら、あなたはどのように感じますか? また、もし、学校の近くの畑で芋をぜんぶ掘り返している少年を見かけたら…? 
 少年の奇異で突飛な行動に驚き、どう対処してよいのか分からないというのが世間一般の反応ではないだろうか。この少年のように、外見的には「普通」であっても、社会生活、特に他者とのコミュニケーションに支障を来す障害、それが発達障害だ。

 近年、学問的な研究が進み、2005年の発達障害者支援法の施行をきっかけに、社会的な認知が始まったが、軽度精神発達遅滞、広汎性発達障害(PDD)、学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)等の各種別の特性、また、それぞれの置かれている環境や個性など複雑に絡み合っているため、一般社会には本質的な理解が及ばない。
 発達障害は、その判断が難しく、障害の認知が遅れがちだ。家族も本人もその障害に困惑し、支援のあり方が想起しにくいため、周囲からの適切な支援を受けることも叶わない。そのため、本人に自己否定感や自尊心の低下という二次障害が生じ、家族にも、自分の子育てのせいで子どもがこうなったのでは?という自責の念が生じる。本人や家族が精神的に追い詰められる前に、早期の認知や周囲の理解が切実に求められている障害だ。

 本書の著者である山下成司氏は、フリーランスのイラストレーターの仕事のかたわら、私設学校で18年間、発達障害児教育の現場に立ち続け、前著『発達障害 境界に立つ若者たち』で、「周囲にはなかなか理解されず、要領もよくないけれど、懸命に生きている若者たち」のありのままの声を紹介し、続いて、本書で、その親御さん達の生の声に耳を傾けている。

 発達障害を抱えたわが子の生まれたときのこと、学校、就職のこと…。また、親として、どんなことに悩み、どう乗り越えてきたのか?

 「広汎性発達障害(PDD)」を抱えるツトム君のお母さん、LD傾向を抱えるタケシ君のお母さん、「軽度知的発達障害」を抱えるアミちゃんのお母さん、「高機能自閉症」を抱えるヨシカズ君のお母さん、「学習遅進」を抱えるマリコさんのご両親、発達障害についての情報や理解が乏しかった時代に体当たりで子育てをしてきた四人の母親と一組の夫婦へのインタビューを通して、発達障害についての具体的で分かりやすい事例やエピソードが紹介され、当事者だけでなく、一般の人達にも発達障害の適切な理解を促す内容として編集されている。長年発達障害を抱える子ども達と向き合ってきた著者ならではの的を射た質問にあたたかく、鋭いまなざしが感じられた。
 わが子の発達障害という理解が困難な障害を受け入れ、共に生きてきたお母さん達が乗り越えて来たであろう困難は計りしれない。経験に裏打ちされたエピソードや情報は、専門書にはない力を持って心に響く。「子どもに寄り添いながら、子どもが嬉しいこと、楽しいこと、自信を与えるようなことを考えるようにしてきた」というお母さんがいる。周囲の無理解を超えてわが子に愛を注ぎ続ける姿に胸を打たれた。本書には「母たちの奮闘記」という副題が添えられているが、社会での理解が進み、母たちが奮闘しなくても、発達障害の子ども達が生きていける社会の実現を願いたい。

 著者は、発達障害の無理解の壁に挑み、障害の理解こそが支援への第一歩であることを強く訴えている。「発達障害が固定された障害ではなく、年齢や経験を重ねることで改善されていく可能性がある」という一文に希望を見出す読者も少なくないだろう。本書を読むと、発達障害のお子さんを抱える家族は励まされ、また、当事者でない読者は発達障害を身近な問題として考える機会が与えられる。発達障害への本質的な理解を促す良書だ。

(2011年7月27日オンライン書店ビーケーワンに寄稿)

(2011年8月5日オンライン書店ビーケーワン書評ポータルにて、「今週のオススメ書評]」に選んでいただきました。)

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2010年12月30日 (木)

お正月の絵本 そして ウサギの絵本

 年末にお正月に関わる絵本を三冊(『お正月さん、ありがとう』『韓国のお正月』『もちもちおもち』)読みました。その中の『お正月さん、ありがとう』が、オンライン書店ビーケーワンの今週のオススメ書評に掲載されました。今年最後のうれしい出来事でした。

 同サイトの書評フェア 「ウサギのダンス」で、来年の干支にちなんでウサギの絵本が紹介されています。こちら!です。

 これまでに投稿した書評が掲載されていました。

  • しろいうさぎとくろいうさぎ 
  • 愛をみつけたうさぎ 
  • うさぎのマシュマロ 
  • 花のかみかざり 
  • うさぎのユック 

 どれもすてきな絵本です。『うさぎのユック』は、乳がんで亡くなられた元NHKアナウンサーで女優の絵門ゆうこさんの作品です。2005年12月末に聖路加病院の礼拝堂で開かれた朗読コンサートで、ご本人による朗読を聴いた日のことがなつかしく思い出されます。山中翔之郎さんのイラストもすてきです。『うさぎのマシュマロ』は劉優貴子さんの翻訳絵本、『愛をみつけたうさぎ』はケイト・ディカミロの物語、この機会に再読したい作品です。

うさぎのユック Book うさぎのユック

著者:絵門 ゆう子
販売元:金の星社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 十二支の絵本もいかがでしょうか? こちらです。

 今年もぼちぼちの更新でしたが、訪れていただいた皆様に感謝致します。ありがとうございました。

                                       いづみ

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2010年12月28日 (火)

日本のお正月の原風景~お正月を迎える家族の喜びに満ちた絵本

お正月さんありがとう (えほんのぼうけん23) Book お正月さんありがとう (えほんのぼうけん23)

著者:内田 麟太郎
販売元:岩崎書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 雪をかぶった山が見える里で、あやちゃんは家族とお正月を迎えようとしています。あやちゃんが大好きなおじいちゃんは、夏から病気でずっと寝ています。そのおじいちゃんが、あやちゃんに、
「らいねんも レンゲばたけに いこうな」と言いました。すると、どこからかくすくす笑う声が聞こえてきました。さて、笑ったのは誰でしょう?

 あやちゃんが、おじいちゃんの部屋の窓をあけて、おじいちゃんと二人でお正月さんを呼びます。そして、
 「ことしも おじいちゃんと レンゲばたけに いくんだもーん」と叫びました。今度は、誰も笑いません。お正月さんが来てくれたからです。すると、おじいちゃんが、あやちゃんの肩によりそって・・・。

 もちつき、としがみさま、お年玉、おせち料理、福笑い・・・。絵本を開くと、お正月を迎える家族の様子がほほえましく描かれています。まるで、日本のお正月の原風景。一冊の絵本が、お正月を迎える家族の喜びに満ちています。

 また、この絵本では、核家族化した日本に欠けているおじいちゃんと孫の心の交流が、お正月という行事の中で、あたたかく描かれています。おじいちゃんと孫の関わりが巧みに描かれた絵本として、サリー・ウィットマンの『とっときのとっかえっこ』野村たかあきの『おじいちゃんのまち』が思い出されますが、それらに続く、心あたたまる絵本として心に刻みました。

 お正月よりもクリスマスの方がにぎやかな最近の日本で、お正月の意義を問い直してみませんか? 今年も1年がんばろうという気持ちにさせてくれるお正月さんに、あなたも会えるかもしれませんよ。

(以上、ほのぼの文庫の管理人いづみ(書評者名まざあぐうす)がオンライン書店ビーケーワンに投稿した書評です。)

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2010年4月 5日 (月)

2009年に刊行された絵本のガイドブック 絵本の今を知りたいあなたへ、また、絵本を深く広く味わいたいあなたへお薦めの一冊

この絵本が好き!〈2010年版〉 Book この絵本が好き!〈2010年版〉

販売元:平凡社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 本書は、「別冊太陽」の絵本シリーズの中で2003年度版から始まり今年で8年目を迎える毎年恒例の絵本ガイドブック。
 「2009年の絵本ベスト28(国内絵本13冊/海外翻訳絵本15冊)」の発表と総評、そして、「絵本好き108名のアンケート」の一挙掲載をメインとして、「現代の絵本界を牽引する作家たち 太田大八 モーリス・センダック」や<没後三十年> 「瀬田貞二の絵本世界」の特集の他、特別企画「絵本のことば」や追悼記事(かがくいひろし・滝平二郎)など、2009年に刊行された絵本の情報が満載されています。

 国内絵本1位は『いそっぷのおはなし』、海外翻訳絵本の1位は『ないしょのおともだち』
 2009年国内絵本総評(解説 小野明)の冒頭で「たしかに二〇〇九年、昔話絵本は堅調でした」と述べられている通り、四月に全二十四巻の<日本名作おはなし絵本>(小学館)のシリーズが始まり、十二月に広松由希子・文の<いまむかし絵本>(岩崎書店)の刊行が開始されています。国内絵本1位もイソップの昔話の再話でした。
 創作物語絵本ではなく、昔話の再話がトップに選ばれていることを総評や<特別企画>「絵本のことば」の「再話絵本の系譜」(野上暁)、<エッセイ>「イソップをめぐって」(蜂飼耳)を読みながら考えさせられました。2位以下は、本書を読んでからのお楽しみです。

 巻末の「2009年刊行絵本リスト 国内編/海外編」と「絵本好き108名のアンケート」は、絵本に関する貴重な情報源。アンケートの回答者である「絵本好き108名」は、司書、絵本専門店関係者、教員、保育士、編集者、研究者など絵本に関わる専門家です。巻末まで丁寧に読むと、一年間に刊行された絵本を概観することができ、ベスト絵本の選にもれた名作を見出すことができます。

 <エッセイ>「時代の変わり目」(ひこ・田中)の「新しい時代の変わり目を絵本でどう提示するかの試みが、今こそ必要です」という提言と「二〇〇九年の児童書について」(赤木かん子)の「時代の過渡期に子どもの本の世界が音を立てて方向転換しているのだ」というコンピューター時代における絵本の世界の変化への思いを専門家ならではの鋭い洞察として受けとめました。

 本書は絵本の今のあらゆる魅力に満ちているだけでなく、絵本のこれからへ向けての専門家の厳しい批評や鋭い洞察も込められています。絵本の今が知りたいあなたへ、また、絵本を深く広く味わいたいあなたへお薦めしたい一冊です。

 bk1今週のオススメ書評に選んでいただきました。(2010年4月9日)

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2009年7月31日 (金)

イタリア児童文学の傑作古典『ジャン・ブラスカの日記』―「君たちは、自分の心と体で感じ、考え、行動せよ」 誕生100年を経て物語の真価を問う

  ジャン・ブラスカは、イタリア人なら誰もが知っているピノキオに次ぐ有名な児童文学作品の主人公です。『ピノッキオの冒険』や『クオーレ』と並ぶイタリアの国民的児童文学の永遠の名作である『ジャン・ブラスカの日記』は、物語誕生から100年を経て、再び脚光を浴びています。本書は、その初版挿絵を再現した池上俊一氏による初の全訳。
 両親と3人の姉と暮らすジャンニーノ・ストッパーニは、9歳の誕生日に母さんからもらった日記帳に絵日記を書き始めました。ジャンニーノは、筋金入りのいたずらっ子で不本意にも大人たちからジャン・ブラスカ(台風のような悪ガキ)と呼ばれています。
 日記帳は次から次に繰り広げられるジャンニーノのいたずらに満ちています。9歳の少年の無邪気な言葉で語られるいたずらの数々に笑ったり、驚いたり、冷や汗をかくような思いを味わったりしながら、文庫本で439ページに及ぶ長い物語をあっという間に読み終えてしまいました。

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2009年5月20日 (水)

おやすみなさいの前に・・・。 『ペネロペ こわいゆめをやっつける』

 ペネロペは、フランス生まれのかわいい水色のコアラの女の子。
 2匹の架空の動物を主人公にした「リサとガスパール」シリーズで有名なゲオルグ・ハレンスレーベン&アン・グットマン夫妻の絵本の主人公の幼稚園児です。『うっかりペネロペ』の題名で2006年11月20日から12月29日にかけて一話5分のミニ番組としてNHK教育テレビで放送されましたので、幼い子ども達には有名なキャラクターかもしれません。
 ペネロペの絵本を一緒に読むには、わが家の子ども達はすっかり大きくなりましたので、ペネロペのことが知りたくて、一人でペネロペできるかなえほんシリーズ(8冊)やペネロペのたのしいしかけえほんシリーズ(7冊)、そして、ペネロペのおはなしえほん10巻セットを読みました。絵本の中で、明るくて、あどけなくて、うっかり屋さんのペネロペに出会って、心の中に友達が一人増えたような気分です。

 そんな明るくて、あどけないペネロペですが、ある晩、何度もこわい夢を見て目を覚ましました。ママが、やさしい声で「わるいゆめ! もう ペネロペを こわがらせないで。にどと ペネロペの まくらもとに あらわれないで。さあ これで ぐっすり ねむれるわ」と言ってくれましたが、それでも眠れません。
 そこで、パパが表紙に金の粉がついた古い本を持ってきました。パパが、その魔法の粉をほんの少し指にとって、ペネロペの鼻とおでことまぶたの上につけると、眠りについたペネロペに次から次へとすてきな夢が訪れました。さて、ペネロペが見た夢とは…。

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2009年2月21日 (土)

愛と孤独に対する深い洞察に満ちた恋愛論  (福永武彦著)『愛の試み』(新潮文庫)

 2月初旬から読み始めた同著をようやく読み終えました。何度もくり返し、じっくりと読みました。2月に入ってからの読了本の数は少ないのですが、その質は濃いものだと思っています。児童書ではケイト・デ・カミロの作品を数冊、音楽関係では徳永英明さんの『半透明』、そして、同著です。偶然ですが、テーマはいずれも愛と孤独。ケイト・デ・カミロの作品のレビューも今月中に書きたいと思っています。

 「家守綺譚の植物アルバム」も閲覧いただきうれしく思っています。どうぞこれからもよろしくお願い致します。

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 『愛の試み』は福永武彦氏(小説家・詩人)が説く恋愛論。
 「夜われ床にありて我心の愛する者をたづねしが尋ねたれども得ず。」
 冒頭に雅歌の第三章を引用して、人間の持つ根源的な孤独の状態を簡潔に表現していると説き、この孤独はしかし、単なる消極的な、非活動的な、内に鎖された孤独ではない。「我心の愛する者をたづねしが」―そこに自己の孤独を豊かにするための試み、愛の試みがあると説く。

 スタンダールの恋愛論の結晶作用と融晶作用、愛につきもののエゴ、嫉妬、憐憫、自己犠牲、愛と理解の違い、愛することと愛されることの隔たりや人間の愛の限界について語りつつ、恋愛と孤独を対立させることなく相補的に説きつつ、その論が観念的に終始しないように「釣のあと」「花火」「細い肩」「女優」「盲点」「音楽会」「雪の浅間」「歳月」「砂浜にて」と題する9つの掌編を関連する章の後に挿入している。

 著者の恋愛論の実践編とも思える9つの掌編は文学性も高く、著者の論の理解を促す作品であった。いずれも一筋縄ではいかない男女の心の機微が巧みに描き出されている。現実の恋愛も孤独も不完全であることを認めた上で展開される著者の恋愛論には説得力が感じられた。本書は薄っぺらな恋愛の指南書ではない。

 「自己の孤独を恐れるあまり、愛がこの孤独をなだめ、酔わせ、遂にはそれを殺してしまうように錯覚する。しかし、どんなに燃え上がろうとも、彼が死ぬ以外に、自己の孤独を殺す方法はない。」と説く著者の言葉に愛することをひるむ読者もいるであろう。しかし、人間が根源的に孤独な存在であるとすれば、愛することを試みた以上、苦しみから逃れることは出来ないのではないだろうか。著者の言葉に愛することへの覚悟を促された。脆弱な孤独から豊かな愛は育たないのだ。

 「愛は持続すべきものである。それは火花のように燃え上がり冷たい燠となって死んだ愛に較べれば、詩的な美しさに於て劣るかもしれぬ。しかし節度のある持続は、実は急速な燃焼よりも遥かに美しいのだ。それが人生の智慧といったものなのだ。しかも時間、この恐るべき悪魔は、最も清純な、最も熱烈な愛をも、いつしか次第に蝕んで行くだろう。従って熱狂と理智とを、愛と孤独とを、少しも衰えさせずに長い間保って行くことには、非常な努力が要るだろう。常に酔いながら尚醒めていること、夢中でありながら理性を喪わないこと、イデアの世界に飛翔しながら地上を見詰めていること、―愛における試みとはそうしたものである。その試みは決してた易くはないが、愛はそれを要求する。」
 新約聖書のコリント人への手紙Ⅰの十三章(愛の章)を彷彿させる著者の言葉にその恋愛観が凝縮されているように思えた。愛と孤独に対する深い洞察に満ちた恋愛論の名著として蔵書にしたい一冊。

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2009年2月 5日 (木)

バーキスという一匹の犬を通して姉と弟が心を交し合う暖かい物語 『こいぬのバーキス』

  翻訳者の劉優貴子氏は、クレア・ターレー・ニューベリーの復刻を記念した出版フェアが開かれているボストンのお気に入りの書店でこいぬのバーキスと出会いました。
 劉氏は「こねこのミトン」に続き、ニューベリーの本を日本の子どもたちのために翻訳しました。1938年に出版された本ですが、今の子どもたちの心に通う暖かいまなざしを感じる一冊です。

 弟のジェームズの9歳の誕生日におじさんから贈られたコッカスパニエルのバーキス、ジェームスは、バーキスを独り占めしようとして姉のネル・ジーンと大喧嘩をします。その原因は姉のネル・ジーンにもありました。ネル・ジーンの飼っているこねこのエドワードをネル・ジーンが独り占めしていたからです。
 ところがある日、ジェームズがちょっと目を離したすきにバーキスが外に出て、川に落ちてしまいます。その一部始終をみていたネル・ジーンが、見かねてバーキスを助け出します。命拾いをしたバーキスを通して、姉と弟がこいぬのバーキスとこねこのエドワードを通して、心を交し合うことになりました。どんな心の交し合いがなされたかは、この絵本を読んでのお楽しみです。
 この絵本に描かれたイラストに、こねこやこいぬを、そして姉と弟を見つめるニューベリーの優しいまなざしが感じられるほっとする一冊です。

 わが家でもスピッツとシャムネコを飼っていた時期がありましたが、いつの間にか仲良くなっていました。シャムネコがいなくなって、必死で探していたら、スピッツの白ちゃんの犬小屋のなかで白ちゃんに包まれるようにお昼ねをしていました。

 こいぬのバーキスとこねこのエドワードもきっと仲良しになってゆくことでしょう。犬や猫が大好きな方には、たまらなくかわいいイラストだと思います。夜、おやすみなさいを言う前に読むと素敵な夢をみることができそうな一冊です。

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猫好きのあなたへ 世界にたった一匹だけのねこ、ミトンだけが僕のねこ  『こねこのミトン』

 作者のクレア・ターレー・ニューベリーは猫が大好きでした。幼い頃から絵を描き続け、6歳にして画家になることを決意したそうです。アメリカやフランスで絵を学びました。
 とりわけ猫の絵にこだわって描き続け、出来上がったのが「こねこのミトン」です。5歳のリチャードが猫がどうしても欲しくて買ったこねこは、手袋のような手をしていましたので、ミトンと名づけられました。
 ところが、ある日、いなくなってしまいます。
 新聞に載せたり、家族中で探しますが、見つかりません。いろんな人が、この猫ではありませんか?と次々に猫を連れてきますが、どれもミトンではありません。また、この猫を代わりに飼いませんか?と連れて来る人もいました。しかし、リチャードにとって、猫は世界にたった一匹、どうしてもミトンでなくてはならなかったのです。

 わが家にもシャムネコがいました。二度いなくなりました。一度目は、飼い犬のスピッツの白ちゃんの犬小屋で白ちゃんにくるまれるようにお昼ねをしていました。2度目は、春の恋の季節に遠くに行ってしまい2週間ほど姿を見ることができませんでした。やはり必死で探しました。見つかった時の喜びは、それはそれはうれしいものでした。やはり私にとって、世界にたった一匹の猫だったからです。

 ミトンは見つかりました。そのエピソードは、この絵本を読んでのお楽しみです。絵本の中には、ミトンをはじめ、たくさんの猫が描かれていますが、どの猫も毛並みから表情、仕草…繊細に描かれていて、猫好きな方にはたまらなく可愛いイラストです。ニューベリーの描く猫をたっぷり可愛がってあげて下さい。

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